第2話 当時の邂逅、イスタハとの出会い

「……えぇと……まずはこの詠唱を覚えて、最初にそれを構築して……っと」

 与えられた自由時間に、施設内の図書室で魔法書とノートを広げ、一人つぶやきながらメモを取る。


 あれからしばらく悩んでいたが、結局悩んだところで元に戻れる訳ではないと悟った自分は開き直り、新たに人生をやり直す決意をした。

 元来が楽天家、というより悩み続けるくらいなら即行動、という性格のため、気持ちの切り替えは比較的早く行うことが出来た。


(まぁ、記憶と知識は四十歳のままだし、それを活かせば当時よりも色々上手くいくだろうし、楽も出来るだろ)

 そんな風に今後の自分を考える余裕も出来てきた。


 過去の記憶と知識を持ったままなのだから、『やったぜ!人生をやり直せるならイージーモード一直線!俺、大勝利!』と最初の頃は気楽に思っていたが、いざやり直してみると現実はなかなかそう上手くいかなかった。

 確かに、世界を救う寸前までに得た知識と経験を活かせる場面は多く、当時の自分や同期の仲間が悪戦苦闘するような課題や修練を難なくこなせる場面は少なくなかった。それは確かに事実である。


 ……だが、『二度とこんなキツイ訓練なんぞやるものか!』と思うような訓練をもう一度やらなければいけないのは苦痛だったし、分かっているぶん苦労することも多かった。


 何より、自分の二十五年をかけて培ってきた筋力や反射神経は、十五の少年時代に戻っているため、思考に対して思うように動きが伴わなくなっているのは辛かった。

『ここだ!』と思いながら剣を振るうも、武器の重さや自分の筋力の低下により、思うような動きが出来ずに、逆に歯がゆい思いをすることが多かった。


(……結局、強くなるためには努力しなきゃいけないことには変わらないんだよな)

 訓練を終え、毎日へとへとの状態でベッドに寝転がりながら胸中でつぶやいていた。


「おっ、ハインが自主的に魔法の勉強なんて珍しいじゃないか。普段から『剣技が使えりゃ、魔法なんて必要最低限使えれば問題ない』とか言ってるくせに」

 勉強中の自分に、通りがかった同級生からの冷やかしの声が飛んでくる。


「……うるせぇ。ちょっと考えを改めたんだよ。集中したいから黙ってろ」

 そう言って、またすぐに魔法書のページに視線を戻す。


 同級生の言うとおり、当時の自分は魔法の習得に対して熱心ではなく、どこかおざなりに授業を受けていた。

 と言うのも攻撃、補助、回復等々の様々な異なる用途の魔法を習得するために勉強することが、どうしても億劫に感じたからだった。


 一口に『魔法』と言っても、攻撃であれば炎系や氷系などを相手によって使い分けねばならないし、補助であれば守りを固めるために防御の魔法、素早さを上げるための俊敏魔法、回復ならば怪我の治癒や解毒など。覚える量に対して見返りが少ないのではないかとさえ思っていた。

 なので、剣の腕さえ確かであれば、魔法の技術は最低限で構わない。魔法より剣、と思っていたのが本音であった。正直、その気持ちは今も変わらない。


 ……だが、それが間違いだったと気付いたのは、旅に出てわりかし早い頃だった。


 それは勇者として旅立ち、道中で出会った何人かと共に旅をしていた時のことだった。

パーティーから僧侶が早々に離脱し、その後ダンジョンの散策中に魔物の強襲にあった際に仲間の戦士が深手を負い、回復薬の類も尽きた上、回復呪文を使える者が自分しかいなかったことがあった。

 そして、その自分が使える回復呪文も初期のレベルでしかなかったため、傷を完全に癒すレベルには至らず、せいぜい痛みを和らげる程度でしか役に立たなかった。


 高位の僧侶や賢者のように回復呪文のエキスパートであれば、本来の治癒能力を高め、本来なら致命傷になるほどの怪我でも治すことは確かに可能である。同じ魔法でも使う者によってちぎれかけた腕を再生させることも出来れば、せいぜい切り傷を塞ぐのがやっとという位の違いがある。それは回復魔法に限ったことではないのだが。


 絵本の世界のように、口にした途端に瞬時に傷が塞がり、痛みが消える魔法を誰もが唱えられる訳ではない。元来の資質に加え、精進の果てにようやくその境地に辿り着くのだ。

 自身の不勉強さと後悔の念の中、気休め程度に街を目指し戻る最中に呪文をかけ続ける。


『痛ぇ!痛ぇよう…!痛みが引かねぇ……ハイン!早く治してくれよぉ!』

『待ってろ!もうすぐ街に戻れる!もう少しの辛抱だ……!』


 ……結果、命からがら街へと戻り、一命は取り止めたものの治療が遅れたことが災いし、彼が二度と剣を振るうことは叶わず、そのまま彼はパーティーを抜けることとなり、戦士としても再起することは出来なかった。


 ……あの時のような思いはもうしたくない、という気持ちと、当時の自分ではとても考えられなかった、改めて学ぶことの楽しさと、それが実を結び、結果になった時の充実感に今は満ち溢れている。


「そうか、ここで続けてこの詠唱を唱えれば良いのか。ということは、こっちはその呪文を応用して……」

 当時の自分では覚えるどころか、学ぼうなどとは考えもしないような様々な呪文の知識を着々と学び、更なる呪文の習得に向け、意気揚々と次のページをめくろうとした時、壁の時計に目をやった。


「おっ、もうこんな時間か。実技訓練の日だし、今日はここまでだな」

 そう言ってページを開きかけた手を止め、本を返却し訓練場へと向かった。



「そこまで!」


 一対一の実技訓練で、対戦相手の木刀を弾き飛ばし、こちらの切っ先を相手の額に突きつけたところで、審判から声がかかる。


「痛てて……おいハイン、お前いつからそんなに強くなったんだ?お前の太刀筋、全く反応できなかったんだが」

「まぁ……コツを掴んだんだよ。ほら、立てるか?」

 適当にはぐらかし、級友の手を取って起こしてやる。その時、同じように訓練をしていた連中の間でざわめきが起きた。


「おらぁ!どうした!殴られてばかりじゃねぇか!一回くらい反撃してみろよ!」

 視線の先には、うずくまる相手を一方的に木刀で叩き付けている男の姿があった。それを取り囲むように何人かの男たちがいる。名前は知らないが、確か勇者クラスの上級生だろう。


 そして、地面に顔をかばうようにして縮こまり、殴られている少年の顔を見て、過去の記憶が鮮明に蘇ってくる。


 ……彼の名前はイスタハ=バーナン。自分と同じ勇者クラスに在籍していた、少年である。

端正な顔立ちに加え、人より優れた魔法の才はあったものの、気弱な性格が災いして剣技や体術での実戦が不向きであったため、一部の心無い連中からイジメや嫌がらせを受けていた。


 もちろん、自分は参加していなかったが、日々の訓練や学習に追われ、事なかれ主義であった当時の自分は、それを咎める事も無くただ傍観してしまっていた。やがて、何人かの度を越したイジメによって、ある日突然彼は施設から姿を消してしまった。


 そして、勇者と認められ国を出た数年後に、自分はイスタハと突然の再会を果たすこととなる。


 ……命を賭けて戦う、敵同士として。


 逃げるように施設を飛び出したイスタハは、人間を忌み嫌うようになり、魔王軍の配下となり、皮肉にも魔王軍の元で魔法の才能を開花させ、人類の敵となった。

 イスタハは当時の自分を虐げていた連中を自分で始末し、そのまま国へ侵略を進め、自分を含むパーティーにより討伐された。変わり果てた姿に変貌していたため、自分がイスタハだと気付いたのは彼を仕留めたその瞬間であった。


『……復讐は果たされた。とどめを刺してくれて、感謝する』

 イスタハは最後にそう言ってこと切れた。


 ……あの時、自分がいじめられているイスタハに手を差し伸べていれば。

 イジメを行う連中を、自分が止めていれば。

 止められずとも、せめて自分が思い悩むイスタハに声をかけていれば。


 崩れ落ちるイスタハの亡骸を前に、後悔の念が湧き上がった。


 ……そう、今ならば彼を救うことが出来る。もう、あの頃の自分ではない。

 あの時の、自分のことで精一杯だった自分ではない。


「ほらほら!ちょっとは抵抗してみろよ!……ん?なんだよ、お前……」


 男が振り上げた木刀を片手で掴み、もう片方の手で、男の顔を思い切りぶん殴った。


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