第7話 ハイン、イスタハと共に飛び級する

「勇者クラス初級、ハイン=ディアン。魔術師クラス初級、イスタハ=バーナン。本日付けで貴殿らを上級クラスと認定する」

 認定員の口から、重々しく言葉が発せられる。


『ありがとうございます。今後も、より一層精進に励みます』

 イスタハと二人、声を揃えて一礼し、認定室を後にする。


「やったね、ハイン!これで、二人揃って飛び級成功だね」

 認定室を出た途端、普段は滅多に感情を表に激しく出さないイスタハが、珍しく嬉しそうにこちらに話しかけてくる。


「おう。これでようやく、というかひとまずスタートラインに立てるな。お互い頑張ろうぜ」

 冷静に言葉を返したつもりだが、自分の声もどことなくうわずっていたように思う。


 ヤムとの一件が落ち着いたと同時に、イスタハと話しながら二人で互いに飛び級の相談をしていた。


 というのも、二十五年前の過去と同じように順当に初級、中級、上級という順当な流れで学ぶメリットはあまりないということ。

 当時より貪欲かつ真面目に学び、剣技や魔法の鍛錬に励めば励むほど、より上のクラスで早く実戦に近い形で学びたいと思ったからだ。


 当時は才能が全く無かった訳ではない……と思いたいが、一般的な順序を踏んで中級から上級と進み、最終的に首席候補とされる者だけが進める特級クラスへ進み卒業した。

 全ての隊士が全て特級に上がれる訳ではなく、大半は上級クラスでの卒業を迎えるため、特級クラスに進み卒業した自分は勇者として上の上、とまではいかなくとも上の中、くらいの評価だったと思う。


 だが、今の自分ならば最速で特級クラスに入り、首席での卒業を目指して経験を積み、再び勇者として旅立つまでに目一杯自分が学べる環境で過ごしたいと思った。


「うん。ハインが飛び級を考えているって話を聞いた時、僕も挑戦してみようと思って良かったよ」


 未来が改変されたイスタハも、編入先の魔術師クラスで本来の才能を存分に発揮し、既に上級クラスに匹敵するだけの魔法の知識と実力を持ち合わせている中で、より高度な授業や経験を得たいという探究心に溢れている状態であった。


 そこで二人で相談して教官に掛け合い、それぞれ飛び級の試験を申し出て、晴れて二人とも中級を飛び越え、上級クラスの認定を受けた次第である。


「やー、でも俺は中級挟んでも良かったかなー。そしたらイスタハに絡んだ奴等とクラスメイトになった訳だし。あいつらがどんな反応するか、ちょっと見たかったなぁ」

 そう言った自分にイスタハが苦笑しながら言った。


「あはは……大丈夫だよハイン。今の僕なら、もう彼等に何を言われても平気だからさ」


 そのイスタハの言葉に安心する。実は飛び級の試験を受ける際、例の連中に『やー、実は自分、昇級試験受けるつもりなんで、同じクラスになったらよろしくお願いしますね、先輩?』と軽く嫌味を込めて言ったのはここだけの話だ。

 もっとも、連中はうつむいて無言で何も言わなかったが。


「ん、その様子ならもう大丈夫そうだな。……って、何でヤムがいるんだよ、イスタハ。お前、あいつに教えただろ」

 視線の先にはヤムが待ち構えており、目をキラキラさせてこちらを見ていた。


「あはは……ごめんね、ハイン。ヤムに結果発表の日はいつか、って聞かれちゃっててさ」

 お前なぁ……、とジト目で言おうとしたところで、ヤムがこちらに駆け寄ってくる。


「お待ちしておりましたっ!師匠!その様子ですと二人とも無事、上級クラスへの編入試験は完了したようですね!これで共に高みを目指せますね!」

 そう言いながらこちらにぐいぐい近寄ってくる。……だから近いって。


「分かったからくっつくな!……まぁでも、確かにな。これで特級クラスに向かう足掛かりが出来たのは間違いないからな。お前もよろしくな、ヤム」

 自分がそう言うと、こちらをまっすぐ見ながらヤムが大声で力強く言う。


「はい!不肖ヤム=シャクシー、師匠のお役に立てるように、より精進致します!」


 ……ヤムの対応に正直言って対応に困ってしまう。最初のクールな反応はどこへやら、自分を師匠と仰ぐあまり、今のヤムの変化に戸惑うばかりである。

 ただでさえ最近は、稽古と称してほぼ毎日のようにこちらに押し掛けてくる始末で、大分辟易していた。


「師匠!本日も稽古のほど、よろしくお願いいたしますっ!」

 ……そう言われて毎回授業終わりに駆け込まれていたこちらの気持ちになって頂きたい。


「そもそもさ、何でわざわざ俺だったんだよ、お前。剣士なら素直に特級クラスの連中に喧嘩売りにいきゃあ良かったじゃねぇか」

 そうヤムに言うと、気まずそうに下を向きながら言う。


「ぐっ……。そ、それはですね……私も実際に行動に至ったのですが、こぞって相手にされなかったというか……『下級のクラス、それにそもそも女相手に振るう剣はない』という言葉に、私が一方的に格下認定したと言いますか……」


 ……なるほど。体よくかわすつもりの発言に、ヤムが勝手に腹を立てたと言うことか。

 女だてらにとか、女のくせに、という言葉が余程嫌いらしいヤムの導火線に着火した訳だ。


「なーる。それで他クラスの連中に狙いを向けて、たまたま俺が引っかかったって訳だな」

 そう言うとヤムはますます下を向いて小さくなる。


「はい……私は、井の中の蛙でした……」


 もしヤムが声をかけた特級クラスの連中が、ちょっとでもヤムの相手をしてやるか、諭す形で稽古を付けてやっていれば、とも思ったが、そうなるとヤムの自尊心を必要以上に傷付けた可能性もある。

 そう考えると、やはりこの形に収まって良かったのかもしれないと思った。


「ま、まぁまぁ。結果としてヤムも反省したんだしさ。その辺にしてあげなよハイン」

 横で自分達のやり取りを眺めていたイスタハが苦笑いで言う。


「……まぁな。実際、最近はめちゃくちゃ上達しているしな。今なら特級クラスの連中ともいい勝負出来るんじゃねぇか?」


「い!いえいえ!まだまだ師匠の元で鍛錬に励み、満を辞して改めて挑みたいと思います!」

 話題が変わった事に安心したのか、ヤムの勢いが復活する。


 だが事実、あれからヤムの剣技は日に日に目に見えて向上している。

 毎日とはいかないが、たまに練習に付き合えば確実に進歩の兆しが表れているし、課題を与えてみれば、時間をかけて次回までにしっかりとこなしてくる。


 自分に言われた通り、教官に掛け合い独自の訓練をこなしているのもあるだろうし、自主的に鍛錬している結果だろう。

 ……この分だと、純粋な剣の腕だけなら卒業までにはヤムに追い抜かれているんではなかろうか。もちろん、それはそれで喜ばしいことではあるのだが。


「正直、もう俺じゃなくて教官にきっちりお世話になった方が良いと思うんだがなぁ……」

 そう言うとヤムが顔を上げ、目を見開いてまたこっちに詰め寄る。


「そ、それは駄目です!わ、私の成長のためには、師匠の存在はもはや必要不可欠なのです!私はもう、師匠なしでは生きていけない体になっているのですから!」

「人が聞いたら誤解を招くような発言をすんな!ただ剣のアドバイスや稽古しているだけだろうが!イスタハ!お前もジト目でこっち見んな!」


 大声でとんでもない発言をするヤムを制し、横でこちらを見ているイスタハに全力で否定する。

「……ハイン?一応聞いておくけど、本当にヤムにつけているのは、剣の稽古だけ……なんだよね?じ、実は夜の稽古とか……」

「当たり前だ!お前までそういう事言うんじゃねぇ!」


 飛び級成功の感動や決意はどこか彼方へと消え去り、しばし三人でぎゃあぎゃあやりあった後、ようやく我に返る。

「ったく……。危うく本来の目的を忘れるところだったじゃねぇか。よし、行くぞイスタハ。ヤムも予定が無いなら付いて来い」


「あ、そうだったね。ごめんごめん」

「無論付いていきます。して師匠、どちらへ行かれるので?」

 冷静になった二人に改めて言う。


「おう。上級のお前は何回か経験済みだろ。クエストの登録と受注だよ」


 上級クラスの隊士から解禁される制度、クエスト。

 それが、今回飛び級を受ける目的であった。

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