4 苺をさがそう!
4 苺をさがそう!
強烈な陽射しと蝉の鳴き声。
朝なのに、光はギラギラと輝いている。
ルッカとロケロは眉に力を入れてぎゅっと目を細めた。
「まぶしいっ!」
青い水の星、地球には、光が満ちそして色があふれていた。
木々の緑。空の青、雲の白。花は百花繚乱、赤青黄色ピンクに紫オレンジ純白……。石にさえ色や模様があって、土にまで様々の色がある。
光りにさえも色が潜んでいる。
色だけじゃない。色と同じだけの香り。
ルッカとロケロは、外へ飛び出した。
どんな小さなものも見逃すまいと目を瞠き、どんなにかすかな香りでも感じ取ろうと胸いっぱい息を吸いこんで匂いを楽しむ。
「ああ、感じるぞ。わかる……。これは葉っぱのみどりの匂い。
「うん、これは夜露をのせた花の香りだな」
ふたりは思いっきり躰を伸ばし、朝の爽やかな空気を吸いこんだ。
しっとりとして、濃くてあまやかな青い水の星の大気。
「さあ苺をさがそうよ」
「任せとけルッカ」
と、おユキさんがふたりを呼ぶ声がした。
「出掛ける前に朝ごはんよ。お腹いっぱいにして、それからいってらっしゃい」
「はあい」
ルッカとロケロは、返事と一緒に家の中へ駆けこんでいった。
にぎやかな下の様子を、ヤマト親分は屋根の上からじっと見ていた。口許がわからないくらいかすかにほころび、目の奥でやさしい風がふいていた。
ルッカとロケロは、南に向かって歩いている。
畑や田んぼは南の方にいっぱいあるわよ、おユキさんが教えてくれたからだ。おユキさ
んは知り合いに聞いてみると言って、ふたりといっしょに出かけていった。
ふたりのまわりに、白黒ぶち、三毛、黒の三匹の猫が歩いている。何だか面白そうなの
でくっついて来たのだ。
「なあ、ロケロ。お前はカエルなんだろう?」
白黒ぶちが、尻尾でロケロの短くてぴったりと躰に張りついた毛を、そっとさわりながらたずねた。
「そう言ったろ……。おい、俺の自慢の毛にさわるなよ」
「すまねえ。だってよ、地球のカエルにゃ毛は生えてねえし、色だってだいたい緑だぜ。色が灰色の、しかも馬みてえなピカピカの毛が生えたカエルなんて、俺ははじめてだもんな」
「それに、お前泳げるのか?」三毛が好奇心いっぱいで聞いた。
「もちろん、泳ぎならまかせとけだ」
ロケロは胸を張ってこたえた。
「じゃあ見せてくれよ」
「そのうちにな」
「ちぇっ、ほんとは泳げないんだろう?」
三毛が疑い深い目でロケロを見あげた。
ロケロはふふんと鼻で笑ってこたえない。
ルッカはおかしくなって、ははははは……と笑った。猫達がロケロの泳ぐ姿を見たらどんな顔をするか、想像してみたのだ。
「な、なななんだよ。急に笑い出して!」
黒が目ン玉まるくして、ひげをピクピクさせた。
「そのうち、分かるさ」
ルッカはロケロの口真似をして、黒猫を煙にまいた。
苺を早く見つけなきゃ。ルッカは青い水の星へ来た目的をもう一度自分に言い聞かせた。持てるだけの苺を持って帰ろう。ルッカはそう決めていた。金色や銀色がほとんどの月の世界に、緑と赤の苺畑ができたらどんなに素敵だろう。ロケロが住む砂漠にだって、苺が実るようになるかもしれない。
黒白ぶちが急に立ちどまったので、ルッカはあやうく踏みつけそうになった。
「この川のむこうは、俺たちの縄張りじゃないが、畑はたくさんある」
黒白ぶちが緊張した顔つきで言った。
他の猫も緊張した顔になっている。
「向こうのボスは雉猫のでかい奴で、ガルザンって名だ。でかさだけなら、うちの親分よりちょびっとでけえ」と三毛。
「強いのは親分のほうだがな」とうなずく黒。
「どっちにしても、お前らじゃガルザンには歯が立たねえだろうから、みかけたらさっさと尻に帆かけて逃げるんだな」
黒白ぶちが偉そうに言った。
「ひゃあ、水か透きとおってキラキラ綺麗だなあ!」
ロケロが馬鹿みたいに大きな声をあげた。
「あのなあ、カエル。お前俺の言ったことちゃんと聞いてたのか?」
黒白ぶちが目を吊りあげる。
「うん、聞いてる、きいてる」ロケロは今にも川に飛び込みそうな顔だ。
「この野郎、ぜったい聞いてねエ」
黒白ぶちのひげが、プルプルプルルと怒りでふるえる。
「さあ、いこいこ。いよいよ苺探しだ」
ルッカとロケロは、さっさと橋を渡った。
おや? ルッカとロケロはふり返った。急に猫の気配が消えたからだ。
三匹は並んで橋の手前から、一歩も動いていなかった。
「おい、来いよ」ロケロが、クイクイッと手招きした。
黒白ぶちも三毛も黒も同時に、フルフルフルと首を力強く振った。
「どうしたんだ?」
ルッカはちょっと意地悪になった。
ねこたちは、ガルザンが怖いに違いない。
さっきはあんなに横柄だったのに、急に怖気づいているのだ。
「一緒にさがしてくれよ」
それはロケロにも敏感に伝わって、ロケロも意地悪な目つきになった。
「いや、俺たちはいいや。ちょいと用があるからさ。あとはお前たちでさがせ、な?」
黒白ぶちが、へつらうように言う。
三匹とも後ろへさがる態勢十分だ。
「偉そうなこと言っておいて、そのガルガルとかが恐いんだな?」
ロケロが腰に手を当てて、猫たちを見下ろす。
「ガルガルじゃねえ。ガルザンだ!」
「そいつが恐くなけりゃ」ロケロはほっぺたをぷふっと膨らませ「こっちへこい!」大音声をはりあげた。
猫たちは首を縮め、互いの尻尾をしっかり絡み合わせる。
「それでも、ヤマト親分の子分なのか。親分泣いちゃうぞ」
ルッカがさらに煽りたてた。
「なんだと。俺はもう怒ったぞ。ようし、待ってろ今行くからな」
ヤマト親分の名前まで出されては、子分としては覚悟を決めるしかなかったのか、三匹は絡み合わせた尻尾をほどいて、おそるおそる橋を渡ってきた。
「ありがとう。道案内がいないと、僕たちだけじゃ心細いからね」
ルッカがもちあげると、やっぱり嬉しいらしく、
「そりゃそうだ。ま、俺たちがついてりゃ心配はねえさ」
三毛がうそぶいた。
うそぶいたけど、三匹は身を寄せ合いひとかたまりになって、辺りを見まわし警戒している。
ルッカは先に立って、ずんずん川沿いの道を歩いていった。川をはさんでどちらにも田圃が広がっている。するどく伸びた葉のあいだから、稲が実をつけているのが見えた。田圃の一画を過ぎたところから、果樹園や畑があるようだ。
「でもほんとに水がきれいだあ」
ロケロは、からだを乗り出して川をのぞきこんだ。
「だめ、だめだよロケロ」
ルッカはきっと振りかえって強く言った。
今ロケロに泳いでいいよと言ったら、一日中泳いでいるに違いない。
「言っとくけど、苺捜索初日だからね。遊んでるひまはない」
ロケロを怒鳴りつけたい気分だ。僕だって川に飛びこんで思いきり、青い水の星を楽しんでみたいさ。でもまだなんにもやっていないんだぜ、ロケロ。
「せっかく来たんだから、この星のことを知るって言うのも、大切なことだと俺は思う」
ロケロが胸をそらして、抗議した。その瞬間、ルッカの頭のなかが大爆発。
「わかった。じゃあロケロはロケロで勝手にすればいいさ。さっさと苺を見つけて、それからたっぷり青い水の星を楽しもうと思ってたのに。いいよ、ひとりだけ楽しんでりゃいいんだ!」
言いたいだけ言うと、ルッカは背中を向けて足早に歩き出した。
ケッ、ロケロは遠ざかるルッカの背中を睨んだ。
「ひとりで力んじゃって、おもしろくないなあ」
ロケロは、ぷうっと頬を膨らませた。
げげっ、小さなスイカみてえにふくらんだぞ。猫たちは思わず顔を見合わせた。
「ひとつのこと始めると、それしか頭にないんだからな。わるい癖だよ」
ロケロは、果樹園の影に隠れるルッカをいらだたしげにみたが、
「ちぇっ、ちぇっ、ちぇっ」
舌打ちして、仕方なさそうにルッカの行った方へ歩き出した。
ルッカは、葉をしげらせた細く曲がった木が並ぶ果樹園をぬけた。果樹園の先は、色んな作物の畑だ。ルッカは立ちどまり、ざっと畑を見渡した。
さあ、苺はあるかな?他の作物は知らなくても、苺は知っている。他のものと見まちがうことはない。
あれは太くてまっすぐで背が高いし、こっちのはひょろひょろでツタみたいに絡まってるし、こっちはちょっとだけ葉っぱが似てるけど、実が紫で長い。あっ赤いのが見える!ルッカは近寄った。ちっ、これじゃない。大きすぎるし、表面がつるんとして匂いがぜんぜん違う。
でもルッカの眼に映る色の洪水はみものだった。葉っぱのみどりさえ、様々の濃淡や質の違いがある。眺めているうちに、ロケロへの怒りが溶けだしていった。
「おーい、待てよルッカ」
追いついたロケロが声をかけた。
ルッカは振りかえってニヤリとした。
「やあ、元気だったかい?」
「ああ、元気だったよ。久しぶり」
ルッカの顔を見たロケロが、いつもの調子に戻ってにやりを返した。
訳がわからない三匹の猫が、ふたりのあしもとできょろきょろしている。
「どうだ、このあたりで見つかりそうかい?」
腰に手を当てて、ロケロが狩人の目でまわりをさぐる。
ぐるりと見渡したところで、うん? とロケロが身がまえた。
「どうした、ロケロ」ルッカが前に出ようと腰を落とす。
畑の中でカサカサと音がしたと思うと、バササッと鳥が羽ばたき空へ舞い上がった。
ロケロとルッカは、空を舞う鳥を目で追った。
「な、なんだ。鳥か」
息を詰めて体を寄せ合っていた黒白ぶちが、ためていた息を吐いて言った。
「青い水の星では、鳥も綺麗なんだ」
ルッカがうらやましそうに言い、ロケロは自分の灰色の毛を見てうんざりした表情を浮かべた。
「先へ進もう」
鳥が舞いあがった畑の横を、ルッカを先頭にあいだに猫をはさみ、しんがりはロケロの順で進んでいく。
だが、鳥たちに気を取られていたルッカとロケロは、風下に回って後をつけていくふたつの影にも、先にどこかへ走り去った影がいたことにもまだ気づいていなかった。
ルッカは、畑の作物の名前や特徴を猫たちに聞きながら、見落としがないようゆっくりと進んでいった。
そして残念なことに気づいた。
「当てずっぽうに歩いても、うまくいかないな」
「俺もそう思うよ、ルッカ」
ふたりは疲れた顔を見合わせて、どっこらしょ、よいしょと座りこんだ。
ちょうどそこは、大きな欅がつくる木陰のなかだった。
「作戦を練りなおそうぜ、ルッカ」
「うん、地図がいりようだな」
ロケロに水筒を渡して、ルッカは汗をぬぐった。
「それに思った以上に暑いし。ここで昼ご飯にしたら、一度戻っておユキさんに地図を借りよう」
ふたりと三匹は、おユキさんが作ってくれたお弁当を食べた。おユキさんは、ちゃんと猫たちの分も作ってくれていたのだ。
おかか、しらすわかめ、鮭ほぐしのおにぎり。卵焼きふた切れ。瓜の塩漬け。
ルッカ達はさんかくむすびで、猫たちは俵むすび。
「うまい!」
ルッカとロケロは、おにぎりをほお張るたびに、卵焼きをぱくつくたびに叫ばずにはいられなかった。猫たちも夢中になって食べている。
「お米のご飯って、おいしいんだなあ」
特に食べることに目がないロケロは、感激することしきりだった。
お腹がくちくなったルッカとロケロは、欅の根方によりかかり空を見あげた。
「青い空、眩しいね」
欅の幹の上のほうで、蝉が鳴いている。せわしないくせに、なんだか眠気を誘う鳴き声だった。このままお昼寝したら最高だろうなあ、ルッカは瞼が重たくなる中で思った。
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