美食家・橘 椿のグルメ紀行

HANAO

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美味しいご飯が食べられる事。甘いお菓子が食べられる事。どれも、人間が生きていく上で幸せを感じる出来事であり、俺が何より大事にしている幸せの一つだ。



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白い外観に木製のドア。シンプルな造りが女性にウケがいいらしい。開店前だと言うのに女性客で溢れ返った店の前で一人。



(…確実に浮いているのは分かってるんだよな、)



特に意味もなくインスタをスクロールしながら、周りの好奇の目線に恥ずかしさを覚える。真っ昼間から話題のカフェに男一人なんて、まぁ傍から見れば面白いもんだろう。否、今日は挫けないと決めたんだ。そうだろう、椿。目当ての物を食って、買って帰るのが今日の任務だ。もし挫けるようなことがあれば、明日から三日間飯抜きだと決めただろう。(毎度この浮いた状況に耐えられず、見事に四連敗中である。)



俺、橘 椿はいわゆる“スイーツ男子”というやつだ。三度の飯より甘いものが好き。出来ることなら液状の生クリームをジョッキに入れて飲みたいし、塩を使うところは是非とも砂糖を使いたいThe甘党である。だがしかし、元来のプライドの高さから公言出来ず、一人寂しく甘党ライフを送っている。



「ね、やっぱりこれ美味しそうだよね。」

「分かる、うわぁ超悩むね… 」



前に並んでいる女の子二人組みが、顔を突合せてスマホを覗き込んでいる。お店のインスタを見ているらしい。ミルクアイスをティークッキーでサンドした一口サイズのアイスや、シナモンの香りが効いたバナナケーキ、サンドイッチなどが有名なこのカフェは、インスタ女子のふわふわナチュラルな雰囲気にストライクらしい。確かに美味しいそうだし、これは甘党心をくすぐる。約二ヶ月前から行く行く詐欺をしていたのもあって、心は楽しみで浮き上がりそうだ。



「お待たせ致しました。ご案内させて頂きます。」



店内から、黒いエプロンを掛けた女性が顔を覗かせる。遂に、遂に俺の甘党活動(以下、甘活と呼ぶ)が始まる…!弾む心と共に入店して、まず、雰囲気に感嘆の声が漏れる。



店内も外観と同じく白を基調とした柔らかい雰囲気。その中に、優しいベージュ色の家具が相まって更に可愛さが増す。ショーケース上のカウンターも白を基調としていて、統一感があって馴染みやすい空間になっていた。これは、本当に男一人で来るところでは無さそうだ。しかし来てしまったし、入ってしまったものは仕方ない!と切り替えて、メニュー表を手に取る。先にオーダーするシステムなので、食べたいものはあらかた目をつけてある。前に数人並んでいた女性客たちが楽しそうにショーケースを見ながら、アレもいいコレもいいと吟味している。分かる分かる。食べたいものを決めて行っても、やっぱり目の前にすると悩むよなぁ。ああどうしよ、俺もちょっと迷ってきちゃった。



「お待たせ致しました。ご注文お伺いします。」

「ぅえ、っ、あ。」



もう順番回ってきたの?!あわあわとメニューを広げながら、目星を付けていたスイーツとカフェラテ、テイクアウト用のクッキーを注文し、会計を済ませ、席に置いておく札を受け取る。



「お席までお持ち致します。お掛けになってお待ち下さい。」



ナチュラルな空間にいると、笑顔までナチュラルになるのか。お姉さんの笑顔にほっこりしながら、店の奥の二人席に向かう。適度に冷房の効いた店内なので、陽の当たる席に着く。続々と女性客が席に着いていく様子を見ながら、今日の経過報告を友人二人とのグループチャットに送る。



「[無事に注文出来ました。ラムレーズンクッキーもちゃんと頼みました。]っと。」



経過報告…というと大袈裟に聞こえるが、俺の“お一人様甘活”を唯一知る男友達二人(どちらも中学高校大学共に同級生)に、甘活が無事遂行出来たかを報告するのが定例になっている。



「…お、[おめでとう、つーちゃん(泣)大人になったね♡]……くそ、アイツ馬鹿にしやがって。」



馬鹿にしたような文面を送り付けてきたのは、朝比奈 蓮。スポーツ万能な男で、ご飯食べるのも酒飲むのも大好き!な陽キャだ。しょっちゅう合コンやら飲み会を開いているキラキラ人間なのだが、何故か陰キャ系の俺にでろでろに甘い。周りの奴曰く「橘モンペ」らしいが、よく分からない。ただ、甘党だとバレた辺りから、甘やかしに拍車がかかった気がする。偶にどこで見つけてきたのか分からない、高級お取り寄せお菓子を持って家に押しかけて来る少し変な奴だ。



「湊は…、[落としたり振り回したりしないでください。]…なんなんだよ、俺の事幼稚園児だと思ってんのか。」



幼稚園児扱いしてくるコイツは、城崎 湊。頭脳明晰、容姿端麗、博学多才の三拍子。だがしかし残念なことに、蓮と正反対の性格とあって彼女いない歴=年齢の残念陰キャ。湊とは小学校からの付き合いでいわゆる幼馴染なのだが、中学で別々になってから疎遠になってしまった。湊の家は少し特殊で両親が海外出張なのもあって、一人暮らしのスキルがとんでも高い。高校でまた同じになってからは、何度かお弁当を作って貰ったこともあるが、自炊レベルが半端じゃない。ご飯を食べる専門の俺や蓮も認める腕前なので、週一で湊の家でご飯を食べる会(俺と蓮で勝手に作った。湊は嫌そうだが毎回豪勢に振舞ってくれる。)を開いている。



「お待たせ致しました。こちらバナナケーキとアイスクリーム添え、カフェラテでございます。お持ち帰り用のクッキーサンドはお帰りの際にお渡し致しますね。ごゆっくりどうぞ。」

「はい、ありがとうございます。」



トレーに乗ってやってきたのは、ケーキにミルクアイスが添えられ、シナモンパウダーが上からかかったバナナケーキと、ホットカフェラテ。バナナケーキは珍しくスプーンで食べる仕様らしい。そわそわ逸る気持ちを抑えて、まずは撮影。色んな角度から撮る訳じゃなくて、真上アングルから一枚だけ。ブレがないか確認してグループチャットに送信したら、スマホはカバンの中。後は目の前のケーキと向き合う。



「いただきます。」



しっかり手を合わせて、一礼。スプーンを手に取ってケーキを切る。ふんわりとした生地がなんの詰まりもなく、ふわっと切り取られる。焼きたてらしいパウンドケーキにじゅわぁ、と染み込むミルクアイスを一掬いして口に運ぶ。



「…~、ぅん、ま……」



これが幸せか……、思わず吐息が漏れる。主張が激しすぎず、しかししっかりとした存在感のあるバナナの風味と、優しく柔らかい味わいのミルクアイスが染み込んだもっちりふわふわパウンドケーキ。ミルクアイスに溶けたシナモンパウダーがいいアクセントになっていて、二口目、三口目と手が止まらない。カフェラテもコーヒーの主張が激しくないミルキーなラテで、甘党にはぴったりの組み合わせに頬が緩む。



「こりゃ、たまらんなぁ…」



パウンドケーキだけで食べても、バナナの風味がしっかりとする。普通にケーキだけで売っても全然美味しいだろうに、いやアイスも乗っけたれ、とダメ押し。はぁ、幸せ。あの視線に我慢して耐えて良かった。いやそれ以前に昨日早く寝てよかったし、生まれてきてよかった。



談笑する相手もいないので、ササッと食べ終わったプレートを見て、ふうと息を吐く。量としては男の胃袋には少し物足りなかったが、それより何より満足感で胸がいっぱいだ。こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。あ〜、午後講義とか本当に無理だわ〜…。なんて考えながらカフェラテを飲んで、スマホを確認する。



[湊:バナナケーキなら俺も作れると思う。]

[蓮:俺バナナケーキって食べたことないかも!食べたい!]

[湊:次の食事会のデザートに作っとく。]



「はは、湊も満更でもねぇのな。」



[今から学校向かう。]

[湊:気をつけて。]

[蓮:車出そうか?!つーちゃんの足なら喜んでなるよ♡]

[近いから大丈夫です(にっこり)]



スマホはポケットにしまって、リュックとトレーを持って席を立つ。カウンターのお姉さんからテイクアウトの紙袋を受け取って、トレーを片付けて店を出る。これで甘活は終了。そんな量を食べていないはずなのに、満腹感が凄いのはきっと満腹中枢とやらが働いているんだろう。ここから大学までは歩いて20分くらいなので、まぁ、ゆっくり向かうとしよう。







「あ、つーちゃん!おはよぉ!」

「おはよう、蓮、湊。」

「おはよう。どうだった?甘活は。」

「もう最高だよ。女性向けだから量はないんだけど、なんでか満腹感が凄いんだよ!普通にサンドイッチとかもあったから、今度三人で行こうよ。」

「え〜?それデートのお誘い?やだぁ、つーちゃんのえっち♡」

「今の文言のどこにエッチ要素があったよ。」

「あ、はいこれ。ラムレーズンとクリームチーズのクッキーサンド。」

「おぉ、ありがとう。お金後で返すわ。講義室入ったら一個ずつ食う?」

「え!食う!俺最近チーズに凝ってるんだよねぇ。」

「いやこれ、レーズンメインだから!」




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