第6話

「透(とおる)、もう彼女の予定日は過ぎているわ」

「ごめんなさい。でも、僕にはできないかなー、と」

 へらへらへらへら。

 透は笑う。結核にかかったときも。死の床に伏せたときも。死神に成り下がったときも。

 そして今も。

「できないのなら、分かっているのよね?」

「はい、今度こそ、ですね」

 眩しいあの少女を生かすため。もうあの世界に未練なんて残さないため。

 ―――もう、死なせて。

 透は、今日も笑っている。


♠♠♠♠♠♠♠♠♠


「ばぁ!」

 雫が電車から降りると、青年がにょき、と顔を出した。いつもの朗らかでゆるい笑顔を浮かべていたが、少し顔を曇らせる。

「しずちゃん、僕、知ってるよ。しずちゃんが、部活とか勉強とか、家のお手伝いとか、めちゃくちゃに頑張ってきたこと」

 雫は、俯いたまま、身体を少しだけ震わせた。青年はそれを見ていて、雫の手を握る。

「辛ければ、逃げたらいい」

「……なんも、分かってないよ」

 雫の声は震えている。怒鳴るようなことはしないらしい。

 整った唇が、どんどん自分を傷つけていく。

「私には、何もない。頑張れること以外、何も価値が無い。生きる意味も、無いの」

「僕が、生きる意味を作ってあげる」

 痛いくらいに手を握りしめて、雫を真っ直ぐに見つめる。

 全くの濁りも無くて。

「僕はあとちょっとで死神のお仕事を辞めて、河の向こう側に渡るんだ。しずちゃんは、僕が生きたかったっていう気持ちを持っててよ」

「なん、で……」

「しずちゃんのせいだよ」

 これは、呪い。

 羨ましくて、憎い。自分が持っていないものを持っているくせに、それを捨てようとする。

 青年は、唇の片方だけを持ち上げて、冷めた笑顔を貼り付ける。

「僕と正反対だから。僕は病院に押し込まれて、しずちゃんは健康で。だから、僕は可哀想なしずちゃんを助けてあげる。せめてもの、っていうやつだよ」

 雫の希望なんて叶えてやらない。年を取って死ぬまで、この呪いを込めてやる。

 それでも、それでも雫が眩しくて。

 だから、どうしても生きてほしい。自分があっけなく無くしたものを、持っていてほしい。

「生きなきゃだめだよ」

 今度こそ、青年はいつもの笑みを浮かべて、雫の手を離した―――

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