第4話


「僕ね、まず海に行きたいんだー」

「あ、本当に観光するつもりだったの?」

「もーちろん」

 青年は緩く頷いて、両手を広げながら飛びまわる。

 朝を迎えた屋上に、雫は立っていた。雫は、あの境界という場所から帰ってきたのだ。記憶はふわふわとしているが、なんとなく覚えている。確か、大きな扉をくぐってこちらへ戻ってきたのだった。

「……あ! ヤバい、もうここのビル、開錠されるじゃない!」

 ぼんやりと思い出していると、昨日の記憶がはっきりとよみがえった。よみがえると同時に、顔がどんどん青褪めていく。

「んぇ?」

 青年は呆けたような呑気な声をあげて、雫を見た。そんな彼に、雫は眉を顰めて怒鳴る。

「昨日、昼間のうちに、ここに忍び込んでたの! 許可なんて取ってるわけないでしょ!」

 青年は、ニヤリと笑った。

「僕に任せなさーい」

 そう言うなり、雫の身体をお姫様抱っこの要領で抱えて、屋上の柵を飛び越えた。

「しずちゃんの家、こっちだよねー」

「…………なんで知ってんのよ!」

 青年は雫を抱えて飛びながら、雫の家がある方向を指差した。それに雫は発狂する。

「ふっふっふー。お客の情報は把握済みなのだよー」

 ふわふわ飛んで、雫の家までやって来た。家の前で雫を降ろすと、上の方に飛んで、大きく手を振った。

「海、行こうねー。僕、この辺で待ってるからぁ」

 雫は頷いて、家の中に入っていく。

 雫を見送って一人になった青年は、ゆらゆら揺れながら、下の街を眺めた。

 雫の家の中の様子もなんとなく分かってしまう。人ならざる者だから。

 両親に怒られ、泣かれ、抱きしめられる。

「ほらぁ、やっぱり」

 誰に言うでもなく青年は呟いて、淡く笑みを浮かべた。あーあ、と肩を竦めて、自分の手を空に透かしてみた。

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