第3話
「だいじょぶだいじょぶー。死んでないからー」
雫の手首のあたりを引っ張りながら、てくてくと青年は進んでいく。
いわゆる、お花畑。
暖かく吹く風が、雫の青いスカートと、いつの間にかかぶり直した青年の黒いフードを柔らかく揺らしていく。
―――旅立つ人へ、さいごに神様からのプレゼント。
うたうように彼は言って、花びらをちょんちょんと指先で触りながら通り過ぎる。
赤い線香花火のような花は、頭を揺らして、道を開けた。
しばらく歩いて、ひらけた場所に立つ。
大ぶりの丸っこい石がゴロゴロと転がっている場所だ。石が高く積み上げられたものを、雫はドラマやアニメで見たことがあった。
少し先に、先の見えないくらい幅の広い河と、小さな手漕ぎの舟。
あぁ、と雫は頷いた。
青年は花畑と川の間にある芝生に座る。暖かい陽だまりの匂いに、青年は目を細めて微笑んだ。柔らかい笑みに、雫は一瞬だけ見とれた。
青年は、自分の隣の芝生をぽんぽんと叩いて、雫の方を見上げる。雫はそこに腰をおろした。
「ここはねー、現世と異界の境界。しずちゃんも、見たことない? こういうとこ」
雫は小さく頷いて、息を吸い込んだ。暖かい、お日様の匂いが雫を満たしていく。おもむろに青年は河を指差して、雫を見た。
「しずちゃんは、河の向こう側、見える?」
雫は首を横に振って、河の奥の方を凝視した。どれだけ目を細めて見ても、向こう側は真っ暗なものしか見えない。
「死んだらねー、みんなあっち側に行くの。あっちは天国も地獄も無くて、意識も身体も、なんにも無いんだって」
こうやって話している間にも、何人も、何匹も、通り過ぎて行く。
キョロキョロと辺りを見回したり、泣き崩れたりと様々だが、一様に河へ向かっている。
雫はまだ、死んでいない。
「そろそろ帰ろっかー」
青年は立ち上がって、雫の手を引っ張り上げた。
「次はさー、現世巡りに付き合ってよ。僕、やってみたかったこと、いっぱいあるんだよ」
雫の手をゆらゆらと揺らしながら、青年はニコニコと微笑んだ。雫は制服のスカートの土を払って、頷いた。
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