第2話
「あぁもう! うるさいな! 私は今から死ぬ! あなたがどうやって止めようと、私は死ぬの!」
静かに青年を見ていた雫がいきなり、声を荒げた。後ろ手につかんでいた鉄の柵を離し、身体を前に傾ける。
革靴を履いた足はあっという間に屋上のコンクリートを離れて。制服の青いスカートは風に揺れて。身体は風を切って。
宙に踊る。
夜の空を煌々と照らす建物の間を、雫の痩せた身体が通り抜けていった。
もう、何も頑張らなくてもいい。
灰色のコンクリートが、近付いてくる。青い空は、離れていく。
これが、雫の幸せ。
それなのに。
ふわふわと追いかけて来ていた青年が、咄嗟に雫をかかえる。雫を小脇に抱えたまま、またふわふわと頼りなく浮き上がって、もとの屋上へと降り立った。
彼が雫をコンクリートの上に降ろすなり、雫は彼を睨み付けた。
「ちょっと何してくれてんの!」
なにかへの恐怖からか、それとも空中での滑走からか、覚束ない足で屋上に立ち、雫は怒鳴る。
怒鳴られた青年は困ったように眉を下げて、雫を見た。
「やっぱりねー、しずくちゃんには死なないでほしいなーって」
真っ直ぐに、雫を見る。
雫は、目を別の、何もないところへと逸らした。
「いいでしょ。もう、疲れたの」
勢いを失って、ボソボソと発せられた声に、青年はさらに肩も竦める。
「でも自分で死ぬのはねー、自分を全部否定することになるんだよ」
ちら、と雫の顔を見て、自分の手を見直した。おもむろに、雫の手を握りしめた。
「冷たいでしょ」
ふふ、と彼はわらったが、その真っ黒な瞳は何も映していなかった。
雫は喉を引き攣らせた。何も、言えない。
「今まで、好きだったものとか、大切にしてたものとか、楽しかったこととか。自分で全部嘘だって、言ってほしくないよ」
雫の暖かい手を握りしめても、未だに冷たい自分の手を無表情に少しだけ見つめて、ぱっと引っ込める。パチパチと瞬きをして、雫の顔に視線を戻した。
また無邪気に笑いなおして、黒いコートの中から包丁を取り出す。
「そうだなぁ、まずは臨死体験をしてみようよ」
えーいっ、とこれまた無邪気な声を上げて、雫の心臓をさっくりと刺した。
「え」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます