第2話『レッドライダー 承』
煙となった彼は似つかないフワフワした風貌で風に揺られて天に上っていった。
華子はただそれをじっと眺めるだけだ。
出来るなら自分もあの煙のように天に上りたい。
しかし彼はそれを許さない。
いつも自分のことしか考えていない。
「勝手なヤツ………。」
「全くだぜ。全身の肉体すら残さねえとはよ。オレたちゃ一体何に手を合わせりゃいいんだっての。」
似合わない真っ黒なスーツを身に纏った界人は華子の横に並び立った。
「見つかったのは身体の皮膚の一部のみ。他の部分は消し飛んだか海に流されてどこかにあるか………あの煙も殆どは一狼じゃなくて炭だな。」
敢えて正確に情報を伝える。
内容はある種酷なことかもしれない。
しかしそれでも伝えるのは親友を愛してくれた女性には親友のもたらした結末を知っていてほしいという一人の男のエゴだ。
二人は数秒じっと黙り込む。
そしてまた界人から話し始めた。
「ハナコちゃんが読まなくてもよかったんじゃないか?死亡のニュース。」
華子は端的に答える。
「私の仕事だから。」
界人はハッと乾いた声で笑った。
「似てるよ……二人は凄く。」
界人と華子はただ、天に上っていく煙を眺めていた。
(どれくらいの時間がたった……?)
暗い視界にふと光が指すように意識を取り戻す。
脳の感覚的にはついさっき爆破に巻き込まれた。
しかし長年鍛え続けた肉体の感覚は時間が経った事を教えてくれる。
一狼は身体が動く事を確認して、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう。やっと目が覚めたね。レッド。」
目を開けた先には複数の白衣を着た男女が何かをカタカタとイジりながら一狼の目覚めに歓喜した。
「あんた達は何者だ?ここは……どこだ?」
一狼は警戒しながらゆっくりと身体を起こす。
この時点でいくつかの違和感があった。
一つ目は身体の感覚だ。
ボサボサに伸び切った髪を見るに恐らく相当な時間が経ったと思われる。
しかし身体は簡単に自力で起き上がる事が出来るほどに調子がいい。
長時間寝ていたのであれば普通は起き上がる事もままならないはずだ。
しかし身体はすこぶる好調で、寧ろ異常なほどに元気だ。
二つ目の違和感は目の前の人間達。
目覚めた事に喜んでいるがどうにも医者には見えない。
何故なら部屋に医療器具が見当たらないからだ。
そして何よりその喜び方に異常性を感じる。
殆どの人間がお互いに称え合う程に喜んでいる。
涙する者も異常に高揚する者もいる。
どう見ても
すると一人の男が一狼の質問に答えた。
「私達は先端動物科学研究所。あらゆる動物達の生態やその特徴的な能力について研究している者達だ。」
横にいた女性が話を続ける。
「ここは青森の山奥にあるわ。そして貴方は………記念すべき被検体第百号!そして唯一の成功者よ!」
ワァ!と室内が盛り上がる。
しかし反比例するように一狼は疑問を投げかける。
「被検体……?俺は何をされた?俺に何をしたんだ?」
その質問を待ってましたと言わんばかりの研究者達の表情は酷く気持ち悪く思えた。
「貴方には足の速さ、耳の良さ、腕力の強さ、そういった様々な分野で最強の能力を持つ動物達の細胞を組み込んでいるわ!」
なぜ。そう聞く前に横の男が続ける。
「つまり君は晴れて地球で最も強い肉体を持った改造人間になったというわけさ!さて!君は日本において改造人間と聞いたら何が浮かぶ!?」
一狼は黙ったままだったが男は答えた。
「仮面ライダー……そう!ヒーローさ!」
歪んで見える研究者達の話はなおも続く。
「我々はある日思い立った……この世にヒーローを誕生させられないか……と。しかし普通の人間が危険な目に向かっていくのは今とさして変わらない。やはりヒーローたる者特別でなければならないのだよ!」
横の女性が話を引き継ぐ。
「そこで私達はあらゆる動物達の能力を持つ改造人間を作ることにしたわ!そしてそれと並行して【変身ベルト】も作ったのよ!」
まるで初めて作った自由研究を説明する小学生のように、実に純粋に彼らは喋った。
しかしその純朴さには死線を幾つも潜った一狼にでさえ恐怖を与えた。
笑う彼らは最早同じ人には見えなかったのだ。
「………一体何人犠牲にしたんだ……?」
被検体
しかし目前の男はニッコリと笑って悪びれもせず答えた。
「些末なことさ。」
その異常性に大きく言葉が出かけた。
しかし飲み込むように一狼は黙り込む。
研究者達はニコニコ笑いながら今後の予定を話し、一狼はそれをただ黙って聞いていた。
そこからは改造された肉体の確認作業が何日も続いた。
その度に様々な事を質問した。
爆破事件の日からどれ程時間が経ったのか。三年経ったらしい。
自分は一体どう助かったのか。海で血だらけのまま発見されたらしい。
そして【変身ベルト】も渡された。
長くいれば長くいるほどここにはいたくないという思いが強まっていく。
ここの人間達には救われた。
だが彼らは間違っている。
自分達の欲を満たすために人を改造してはならない。
動物を実験に使ってはならない。
彼らは強い欲と興味のせいか最早倫理観を失ってしまったのかも知れない。
そんなある日一狼は研究所の地下に入った。
もしかしたら何かあるかもと思ったがそこにあったものは嫌悪感を更に増大させた。
「ギャアオオオ。」
「グエッえええお!」
無数の檻の中に閉じ込められた生物達。
形と意思を留めているモノは殆どいない。
見てすぐにわかった。
彼らは実験に使われた九十九体の実験体なのだろうと。
「お前………まさか実験が上手くいった人間か……?」
奥の方にいる者から一狼は声をかけられた。
恐る恐る近づくとそこには比較的人間に近い姿の男が檻の中で座っていた。
「あんたは……?」
一狼の質問に男は端的に答える。
「俺の名は橘藤兵衛。この研究所の最初の被験者、実験体第一号だ。」
一狼は自分の運命を変える男、橘と出会った。
橘は元々この研究の発端であるミドリカワという男の甥だという。
ある日交通事故に合いもう助からないという時に叔父のミドリカワに声をかけられた。
「実験が上手くいけば命が助かる。」
その言葉に首を横に振る人間などおらんだろう。
そしてそれは今思えば
実験自体は成功とは言い難いものだった。
橘の身体は変質し、一見して人には見えない悪魔のような風貌となってしまった。
しかしギリギリ人の形を留めているとも取れた。
そして何より死を待つだけだった橘の蘇生に成功した。
その事実が彼らの欲を歪ませ、止まれない場所へと誘ってしまったのかも知れない。
そこからおよそ二十年。本郷一狼が死にかけたあの日まで人体実験は続いた。
「その【変身ベルト】も俺の身体を使って使用実験を繰り返した。」
淡々と答える橘にの声色には怒りも嘆きも悲しみもなく何も感情が籠もってない様に感じた。
逆にそれが不気味にも思えた。
「あんたはこの実験についてどう思う?」
一狼は檻に寄りかかり壁越しの橘に聞いた。
「命を救われた恩があるだけ複雑な心境だが……やはり人道に反してるだろうな。理解はできない。」
顔は見えないが橘は恐らく表情を変えることなく答えたと思う。
じっと黙り込む一狼に今度は橘が聞いた。
「イチローお前は……外に出なくていいのか?」
橘の質問に一狼はすぐに答えられず静かに床を眺める。
橘は続けた。
「イチローは俺と違い外の世界でも誰にも恐れられず生活できる筈だ。誰か……お前の帰りを待ってる奴もいるんじゃないのか……?」
浮かんだのは華子の顔。そして界人だった。
三年眠っていても自分にとってはつい先日の事のよう。
しかしそれでも時間は三年の月日を経過させた。
待っていてくれているかは自信が持てない。
「………確信が無くとも……外に出るべきだ。俺には甥としての責任があるがお前はただ巻き込まれただけなんだ。」
シンプルな言葉が不思議と背中を押すような気がした。
「お前だけでも元の生活に戻れ。イチロー。」
九十九人の者達の為にも。
一狼には言葉の続きがそう聞こえた。
大きく息を吸い、小さく息を吐く。
一狼の目は覚悟が決まったように真っ直ぐと先を見据えた。
外に出る計画は至ってシンプルなモノだった。
一狼はゴリラと同等の腕力を誇る。
その腕力で橘の檻をこじ開け、二人で暴れる。
たったそれだけで十分だという。
そして一狼は隙を見て抜け出し橘はこの研究所を爆破して歴史の闇に葬り去る。
最初は一狼はこの計画に反対した。
人からかけ離れてしまったとはいえ死ぬ必要はないと思ったからだ。
それに実は感情の残っている被験者は橘以外にも数人いるのだ。
彼らまで橘の言う
しかし満場一致で橘の計画に賛同した。
「イチロー。お前の気持ちは嬉しい。だがどれだけ言葉を繕っても俺達は化け物だ。帰る場所などない。だがここでこのイカれた研究事消えてしまえばもう会えない家族に不幸な真実が知れる事はない。」
確かに。と少し思ってしまった。
ここにいる者達は全員世間では何かしらの形で死亡したことになっている。
そんな彼らが化け物として生き残っていると聞いたら家族はどう思うか。
そしてその反応を見る自分達は……。
「イチロー。俺たちゃ十分すぎるくらい長く生きすぎた………ここで死なせてくれ。」
死を覚悟した結果ここにいる一狼に彼らの意志を阻害する権利はない。
一狼はゆっくりと頷き、最後の覚悟を決めた。
ドオオオオオオン!
人知れない山奥で研究所を丸ごと包むような爆破が響き渡る。
悲鳴なぞ聞こえる暇のない大爆発。
遠目に眺める一狼の手には強く握りしめられた【変身ベルト】があった。
研究所を出る直前に橘に渡されたのだ。
「お前にしか使えないモノだ。いずれこれを使う機会が来るかもしれない。お前ならきっと間違えない使い方ができるはずだ。そしてもし使う事が無かったら………お前だけはこれを見るたび俺達を忘れないでいてくれ。」
出会ってからの時間は数週間。
しかし橘の存在は一狼に大きく影響を及ぼした。
親であり、師であり親友のようである男。
そんな男の忘れ形見を握り締めて一狼は山を降りていった。
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