弍話目 きび団子中毒者:桃太郎

 「ぐぎゃっ!?」「あが」「かっ!!?」


 あるものは、喉笛を噛みちぎられた。


 あるものは、頭を叩き割られた。


 あるものは、胴に孔を開けられた。



 四足の獣は地を駆け、二足の獣は敵を足場に飛び回り、翼持つ獣は自在に空を舞いて。

 各々が異なる過程を見せるも、敵の蹂躙という結果は同じであった。


 辺りにぶちまけられた血と臓物による絵画


 そして、それら3匹の獣を率いる1人の人間もまた、鬼を掃討して回っていた。

 この島に着いてから挙げた鬼の首は数えきれず。


 島の警備を担当していたと思われるものの中でも一際大柄な個体を斬ったところで、向かってくる鬼はいなくなった。


 おそらく西側に見える、あの中央の本拠地のような施設でこちらを迎え撃つつもりなのだろう。

 もしかすると既に船で島から脱出し、逃げおおせた鬼もいるかもしれない。


 本当は全滅させたかったが、流石に4人(正確には1人と3匹)では島全域を短時間で攻めるのは難しい。


 きび団子を口に放り、仕方がないと切り替えて、桃太郎は中央部へと歩みを進めた。




 

 「うっひょー!」


 鬼ヶ島中央部宝物庫


 小さな山程もあろう、積み上げられた金銀財宝を前に、3匹の獣は感嘆の声を上げた。


 その内の一匹、桃太郎一行のお調子者である猿は、宝物の山が放つ輝きに興奮を隠せない様子だ。


 「スッゲー!あの鬼ども、こんなに隠し持っていやがったのか!?」


 「コココ、落ち着きなさいよお猿さん。全部が貴方の物になるわけでもあるまいし」


 そう告げたのは一行のなかで参謀を務める雉の声。

 なにぃ!?、と驚いた様子で猿が振り返った。


 「違うのか!!?」


 「当たり前でしょう。まったく、相変わらず欲張りですねぇ…」


 やれやれと呆れる雉に、最後の一匹である犬が声をかける。


 「あ、あの、そういえば桃太郎さんは…?」


 「そういえば、先程から姿が見えませんねぇ。あの人に限って鬼の伏兵にやられるようなことはないと思いますが…」


 二匹の会話を聞いて、猿が何かを思い出したのか「あー」と口を開き、


 「旦那なら捕まってたヤツら解放した後、なんか気になることがあるっつってどっかに行ったぞ」


 「…そういう大事なことはもっと早く伝えていただけませんかねぇ、お猿さん?」


 「悪い悪い!それよりこれ、この宝の山をどう分けるか決めようぜ!」


 「貴方ねぇ…桃太郎さんがいないのに、そんな事を決められるわけないでしょう」


 雉が目元をぴくぴくとひきつかせ、努めて冷静な声で猿に説く。


 「宝は逃げないんですし、桃太郎さんを探しに行きますよ」


 「旦那ならだ〜いじょぶだって。そのうち戻ってくるだろ。なぁ、犬?」


 「えっ!?え、えっと…」


 唐突に二匹の口論に巻き込まれる哀れな被害者。


 「ですからねぇ…」


 「だいじょぶだって」


 「いや…」


 「だいじょぶだいじょぶ」


 ぶちっ。



 「えぇ加減にせぇよボケコラ猿公えてこうがオラァ!?」


 「け、ケンカしないでくださいよ〜!?」




 時を少し遡り、桃太郎一行が鬼ヶ島を完全制圧する前。


 中央部、その最も高い塔にて、管理者であった一匹の鬼がその役目を終えようとしていた。


 既に島内の同胞の六割超を殺され、戦いの趨勢は決した。

 船で海に出て逃げた者もいたが、この島の管理者たる己はそうはしなかった。

 鬼として人間に敗ける訳にはいかないという、つまらない誇りがこの地に足を縫いつけた。

 例え死ぬと解っていようとも。



 「終わりです。」


 「がふっ…その、ようだな…」


 血を吐き、地に伏せる。

 なんとも情け無いことだ、と自嘲する。

 敵がここに来ると分かり、油断などしていないつもりだったが。


 まさか、妖術を使う間もなく斬り倒されるとは。経験も何もあったものではない。


 首に刀身を当てられれば、流石に諦めの一つもつくものだ。


 「囚われた人々も、今頃僕の仲間たちが救出しているでしょう。お前達の負けです」


 口の端から赤い雫が溢れる。

 決して認めたくない事実だが、認めざるを得ない。

 故に、この襲撃者の正体に見当がついた。


 「貴様が、桃太郎か…」


 「如何にも。僕が桃太郎です」


 噂は耳にしていた。なんでもこれまで村々を襲った鬼を、幾度も撃退したという。

 しかし警戒するには値しないと思っていた。

 人間の村を襲うのは、比較的若い鬼か、弱い鬼の役割だったからだ。

 鬼ヶ島で警備にあたるような強い鬼には敵うまい。


 そう思っていた。

 こうして対峙するまでは。


 「何か言い残すことは?」


 「…一つ聞きたい。おまえは何故、鬼退治などやっているのだ。それだけの力がありながら」


 「それだけの、力があるからですよ」


 一閃。





 「はぁ〜〜〜っ」


 ため息が溢れた。


 最後に残った鬼の首を斬り、どっと疲労が押し寄せる。

 身体的なものよりも、精神的なものが。


 昔から、命を奪う行為が苦手だった。例え相手が鬼だとしても。

 何故鬼退治をしているかと聞かれても、そう頼まれたからとしか言いようがなかった。


 ものすごく家に帰りたい。帰って、お婆さんが作った出来立てのきび団子を

食べたい。

 村を出立する際に貰った分は、あらかた今の仲間たちを集める為に消費された。

 そのため、腰にある袋に入っているのは全て旅の途中で購入した物だ。


 沈んだ気持ちを癒すため、袋からきび団子を取り出そうとして–––


 「あ」


 ない。

 もう一つも残っていないことに気付く。さっき食べたのが最後の一つだったらしい。

 自分もそれなりの数を食べたが、それ以上に仲間たちに分けたせいだろう。


 おのれ畜生共、と恨みごとを吐く。八つ当たりでは断じてない。


 足元で息絶えた鬼の姿が眼に映った。


 –––こいつ、きび団子持ってないかな。


 きび団子に飢えている桃太郎は、正常とは言えない判断を下した。

 

 鬼の懐から出てきたのは、幾つかの鍵だけだった。

 きび団子は無いか…、と落ち込む桃太郎だったが、奇妙な鍵が一つあることに気がついた。


 まず、材質が分からない。金でもなく銀でもなく、銅でも鉄でもない。

 蒼いような、碧いような、そんな色味をしている。

 加えて見た事のない、奇怪な紋様が入っている。

 強いて言うなら、月だろうか。


 この鬼ヶ島の何処かの扉の鍵だろうか。

 気になった桃太郎は、この奇妙な鍵で開くだろうなにかを知る為に散策を始めた。

 きび団子があるといいな、と期待して。


 其処で何が待ち受けているかなど、知りもせずに。

 

 

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 それではまた次回お会いしましょう。さよなら!

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桃太郎異聞譚 伊勢うこ @iseuko

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