壱話目 襲撃者:桃太郎

 「敵襲ーーー!!」


 鐘の音と共に、襲撃を受けたことを告げる声が響き渡る。


 鬼ヶ島。周囲を絶海に囲まれたこの孤島は、その自然環境を利用した要塞だ。

 大小様々な鬼が島の中にひしめき、自由を謳歌する。

 外縁部では武装した警備鬼が警戒網を敷き、形式だけの仕事を行なっていた。

 外からの侵入者など、この鬼ヶ島が出来て以来数える程しかなく、加えて彼等が警戒するに値するのは天災同然の龍くらいのものだ。

 故に彼等は己に割り当てられた仕事を放棄する。やろうがやらまいが同じ。ならば仲間と共に酒を飲み、娯楽に耽る方がいい。

 今日も彼等の日常はそうして続いていく筈だった。


 しかしその日は朝からおかしかった。


 曇天の空に日の光が滲み出す。

 最後に聞いたのがいつだったかも思い出せない程久しぶりに、櫓に備え付けられた鐘の音を耳にした。


 真面目に仕事を全うする同族がいたもんだ、と少しばかり感心したのは、この鬼ヶ島で鬼たちの管理を任された者だった。

 鬼は力を尊ぶ。己よりも力の強い者に従い、そうでない者を嘲る性質をもつ。

 

 その点から見れば彼は鬼の中でも力が弱く、小さく、体格も細い。

 見下されて然るべき存在であったが、他の鬼より長く生きている経験と少しばかり扱える妖術によりその地位を確立させていた。


 いくら力が強くとも、それだけでは管理者足り得ない。

 なにせ島には少なくとも数百の鬼が居り、共同生活を送っているのだから。

 

 「しかしとんだ命知らずがいたものだ」


 管理者である彼は、侵入者の正体を推測する。

 島の外縁部の方から鐘の音が聞こえたということは、海からやってきたのだろう。

 仮に空から襲撃を仕掛けてきたならもっと大騒ぎになっていただろうが、その様子はない。

 龍や麒麟ではない。これは確実だろう。

 もし彼等が襲ってくるなら、今頃この中央の辺りは大惨事になっているはず。

 海の方角からやってくる可能性もなくはないが、襲撃が目的なら最初から心臓部であるここを狙う方がよほどマシだ。


 となると、襲撃者は何者か。

 長年の経験から得た知識をもとに、該当しそうな敵対種族を考察しようとしー


 「よぉ、入るぜ兄弟」


 「…キサマか。何の用だ。」


 部屋の主人の断りなく入室したのは、顔見知りの鬼だった。

 分厚い筋肉に覆われた身体を、獣の皮から作られる鎧で固めている。

 その背には丸太より太い黒鉄の棍棒。


 この島で最も鬼らしい、警備鬼たちを取りまとめる長である彼は、その厳つい顔を和らげる。


 「そう邪険にするなって。それより聞いたかよ?」


 「何の話だ」


 「そりゃあオメェ、さっき鳴った鐘のことだよ。この島に久しぶりのお客様が来たっていう」

 

 ゲヘヘ、と機嫌良さそうに笑う警備鬼に、管理者は不快そうに返事を返す。


 「何を嬉しそうにしておるか。管理する側であるこちらからすればただの迷惑だ」


 「なぁんだよもっと盛り上がれよ!オメェそれでも鬼かぁ?」


 「貴様ら粗暴者と同じにするな」


 同じ種でもここまで違うものかと呆れ、彼は自分の務めを果たすことにした。


 「それで、襲撃者が何者か判明したのか?」


 「あぁ、大体な。数はたぶん4。そんでその内の一匹はなー」


 大体だのたぶんだのなんだもっと正確に報告をせんか、と言いたくなるがぐっと我慢する。こいつに言ったところで死ぬまで変わらんだろう、と。

 

 「なんと驚け!『人間』だとよ、笑えるよなぁ!?」


 「…なに?」


 にんげん?あの、我等鬼に蹂躙されてばかりの、人間?

 

 人間如きが自分の手を煩わせるという事実が、彼の鬼としての誇りに傷をつけたのを感じた。


 「巫山戯ふざけおって…!」


 心底不愉快だ、と吐き捨てる様に口にする。

 眼前でゲラゲラと笑う能天気な同族の笑い声が、苛立ちに拍車を掛ける。


 「相手が分かったなら、貴様も早く始末に行かんか!」


 「分かってるって。そう急かすなよ、人間が相手だぜ?急いで行ったところでもう終わってるだろうよ」

 

 一杯引っ掛けてから行ってくる、と愉快な様子で出ていく鬼の背に、フンと鼻息を鳴らす。


 面倒なことになったが、あの鬼の言う通りすぐに片がつくだろう。


 我等鬼を相手にできる人間など、噂にきく『みやこ』にしか居まい。




 鬼ヶ島東部。


 常の通りならばそこには鬼たちの楽園が広がっている筈のそこには


 「あ………あぁ………?」


 あかいろの地獄がった。


 一面の赤、朱、紅、緋、赫。

 警備長である彼が現場に到着した頃には、全てが終わっていた。

 視界全てに広がる屍山血河。

 地獄の住人であり、地獄をつくる側である筈の同胞たちの亡骸の山。


 その頂にいるのは、一人の人間。


 見覚えは無い。

 鴉の濡羽色の艶やかな髪。整ってはいるが然程印象に残らない顔立ち。

 血染めの羽織と、腰につけた小さな袋。

 そして何より目立つのが、額に浮かぶ『桃』と思われるあざ模様。


 右手に持つ刀についた血を払い、れは此方こちらに振り向いた。


 知らず、一歩下がる。強者である自分が、弱者を相手に怯えている。


 「なんなんだ…オマエは…」


 なんだというのだ、この、目の前の人間は。


 「僕は、桃太郎」


 戦場に似合わぬ《にあいの》自己紹介死刑宣告


 「お前たち鬼の天敵てきです。」


 あかいが舞う。

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