桃太郎異聞譚

伊勢うこ

壱章 桃と鬼

prologue

 育ての親曰く、自分は桃から生まれたらしい。


 ある日川から桃がどんぶらこと流れてきて、それを割ったら赤子の自分が出てきたという。

 常識で考えればまずありえない話だが、自分はこの話を疑ったことが無かった。お爺さんとお婆さんの言うことだから間違いない、と。

 とにかくそんな調子で育った為、自分の生まれに何の疑問を持たずに生きてきたのだ。


 鬼退治の旅に出たのは16の頃。時折村を襲いに来る鬼を倒し続けていると、自分がいる村だけでなく、その周辺の村々から要請があった。


 曰く、「鬼ヶ島へ行って鬼を倒してきて欲しい」

 曰く、「鬼に拐われた人々を連れ戻して欲しい」


 これらの要請に従い、自分は鬼退治の旅に出ることになった。昔から人より力が強く、幾度も鬼を討った経験がある自分が適任だと思ったからだ。


 旅に出るにあたり、仲間を集めることにした。

 結果として3匹の動物が仲間になった。いずれもお婆さん手作りのきび団子で買収できてしまったので最初は不安だった(あと世の中に喋る動物が存在することに驚いた)が、鬼ヶ島に着く頃には杞憂だったと思った。


 鬼ヶ島においての戦闘は、終始こちらが優勢だった。

 鬼というのは敵として非常に厄介だ。人間と変わらない知能を持ち、人間よりも大柄で力も強い。頭部に生えた角が特徴で、徒党を組んで人を、村を襲う。気性は荒く、人間を殺し、甚振り、気に入った若い女と財貨を奪っていく。

 小鬼程度なら問題ないが、奴らがいるところには大抵大鬼もいる。村の大人が挑んだところを見たが、無惨にも殺されていた。

 

 そんな暴虐の徒を仕留める為に旅に出た自分たちは、ついにその本拠地を制圧することに成功した。

 めでたしめでたしーーーー







 とはならなかった。


 何故、自分は己の生まれに何の疑問も抱かなかったのだろうか。目の前のそれを見ながら、自問を繰り返す。


 桃から生まれたというなら、その桃は何処からやってきたのか。

 人ではなく桃から生まれた自分は、本当に人なのか。

 そもそも何故自分は桃から生まれたのか。



 自分は、僕は、桃太郎は、何者なんだ?

 

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