一度だけオジサンは僕を吉原に連れて行ってくれたことがある。「大丈夫だ。ヒーコには言わないから」オジサンは三ノ輪の駅近くの公衆電話で話をしている。オジサンの手にはどこからか拾ってきた新聞の切れ端が握られていた。「決まった店にはいかない。決まった女の子にも入らない。何回も入ると情がわいてくる。裸どうしのつきあいってそう言うもんだ。たまにしかいかなくても、案外覚えてくれてる。一日何人も客がつくのに。そんな素振りも見せない」僕はオジサンの言っていることがよくわからなかった。

「白のクラウンが来るから」オジサンと僕はサラ金のビルの下で迎えの車を待っている。僕たちの他にもたくさんの人があたりをうろうろしていた。みんな迎えの車を待っているようだ。そんな人たちを掻き分けるように自転車に乗った親子が通り過ぎていく。何とも不思議に思えるこの光景も、この親子にとってはごく普通の光景らしい。僕たちのことなど気にも留めずに通り過ぎていく。僕たちが何をしにきたのかはよくわかっているはずなのに。まわりの人たちはみんな何となくそわそわしている。僕にしても、こんな場所にはあまり長くいたくない。「鶯谷の駅で待っているよりはずっといいんだ」落ち着きなさそうにあたりを見ている僕を見て、オジサンがこう言った。オジサンはひどくゆったり構えている。

「男っていうのは変な動物でな。一人の女じゃ満足できないんだよ。本能的にそうなんだ。だから大昔からこの商売はなくならない。そんなに恥ずかしがることはない。男なんてみんなそうなんだから。程度の差はあるにしてもな。とにかくあちこち種をまかないと自分の種が残るとは限らない。まあ、今日種をまいたところで芽は出てきやしないけど。女は男とは逆だ。とにかく強い子を産まなくちゃならないから強い男の種をもらおうとするんだ。だから男をより分ける。これだと思ったらその男一筋さ」

 それならなぜ、男は女の子にフラれるとなかなか立ち直れなくて、女の子はフラれた後の立ち直りが早いのか。僕がオジサンにそのことをきこうとしたとき、白のクラウンが僕たちの前に止まった。

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