部屋のなかにはエグベルト・ジスモンチが流れている。窓の外を眺めながら僕は今日一日が終わるのを感じていた。「今日は天気が良かった。明日もそうあってほしい」僕はなにげにそんなことを考えている。「CDばかり買うからお金なくなるんだよ」ヒーコはいつもそう言っていた。そうは言ったって音楽がないと何もはじまらない。いくらいいところに住んでいてもアズテック・カメラの「ハウ・メン・アー」がきけなくちゃどうにもならない。僕は声にならないひとりごとをつぶやいた。今日は久しぶりに近くのパン屋のコロッケパンが手に入った。いつもすぐ売り切れてしまうからなかなか手に入らない。夕方のあの時間に行って一個だけでも残っていたのは奇跡のようなものだった。僕は冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出してコップに注いだ。ウーロン茶の入ったコップとコロッケパンをテーブルの上に並べて正座をして手を合わせた。幸せなときってあっという間に過ぎていってしまう。むさぼるように食べてからコップに入ったウーロン茶を飲み干すまで二分とかからなかった。ちょっとだけ寂しくなったけれど、まさしくこれが自分の人生なんだと妙に納得している。ヒーコがたまにそばにいてくれてるだけでも僕にとっては出来すぎのような気がする。エグベルト・ジスモンチはいつの間にか終わってしまっていた。音を消してあるテレビでは相変わらずハイジャックのニュースが流れている。けさテレビをつけたとき、どのチャンネルもこの事件ばかりだったので、うんざりして切ってしまった。犯人が射殺されてしまったことは釜めしを食べているときヒーコから聞いた。犯人は僕と同い年らしい。

「あんなふうにはならないでね」とヒーコに言われたけど、僕のような根性なしにあんなことができるはずがない。僕には犯人がひどく立派に思えた。うらやましいと思った。彼はやり遂げることができた。自分がやろうとしたことをちゃんとやり遂げた。何をすべきかもわからないままこうしてくすぶっている僕にくらべたら、結果がどうあろうと、世間がどう言おうとそんなことは関係ない。少なくても彼にとっては間違いじゃなかった。そうでなければ命を懸けるなんてできるはずがない。「おかしいんだよ、あいつは」ヒーコはそう言ったけど、そもそもおかしいかどうかなんて他人がそう決めつけているだけで本人は自分がおかしいだなんて思っていない。ヒーコにはおかしいように思えたのだろう。自分の考えの及ばない行動をする人に対しては、誰だってそう思うより他に方法がないのだから。僕はまだ昼間のオジサンが気になっていた。石けんの匂いがまだ残っている。僕の部屋にはジャクソン・ブラウンの「プリテンダー」が流れはじめた。

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