オジサンはブランド品のライターを持っていただけじゃない。石鹼の匂いまでしていた。たまたま風呂に入ったばかりなのかもしれないが、ほのかに香水のような匂いもしている。僕はしばらくオジサンの隣でぼんやりとした時間を過ごした。疲れていたせいだろうか。それがひどく気持ちよかった。突然僕のケータイがなる。ヒーコからだった。

「今どこ」

「あんたの目の前」ヒーコはあきれた様な目で僕を見ている。

「どういうつもりなの」

「タバコが欲しいっていうからさ」

「だからって、隣にすわってることないじゃない。あたしにまで臭いがうつってきそう」

「それが石鹸の匂いなんだ」ヒーコは僕の肩あたりに鼻を近づけた。

「あんた香水つけてんの」

「つけてないよ。つけてるのはオジサン」

「うそ、信じらんない」ヒーコはあまり機嫌が良くないようだった。女の子にはよくあることだから、あまり気にしないようにしていた。遅れてきたのはヒーコのほうだし、待ち合わせの場所を決めたのもヒーコだったけれど、そのことは言わないようにした。こういうときは、何も考えずにとにかく「ごめん」と言っておけばそれがいちばん良かったから。

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