第四話 雷鳴轟く藁人形

 紀香と翔也は、黒い影を目の前にする。

 その影は、膝を抱え丸くなり、体を揺すっていた。


紀香

「あ、あの」

 紀香は、勇気を出して声をかける。


黒い影

「僕は、僕は悪くない。ほんの出来心だったんだ。僕は、僕は。あいつがやれって言ったんだ。そうだ。あいつのせいだ」

 黒い影は、ぶつぶつとなにかを言っている。


翔也

「おまえ、義明だろ。大丈夫かよ。おい」

 翔也は、肩に手をかけ黒い影の揺れを止めた。


 その声を聞き、黙り込んだ黒い影は、ゆっくりと翔也の顔を見る。



紀香

「義明。どうしたの、その怪我」

 黒い影の正体は、義明だった。だが、彼の顔には数え切れないほどの、浅い切り傷があり、顔中、パンパンに腫れ上がっていた。


翔也

「どうしたんだよ、おい」

 翔也は、声を荒げる。


 紀香は、こんな翔也を初めてみた。それほど今が危機的状況なのだろう。

 すると義明は、翔也を指差した。



義明

「、、、藁人形」


翔也

「え?」


 翔也と、紀香の背後から、藁が揺れるような音がした。


翔也

「紀香、振り向かないで。義明を連れて逃げて」

 翔也は小声で言う。


紀香

「いくよ。立って」

 紀香は、ゆっくりと前に進み、義明の手を掴んだ。

 フラフラしている義明の手を引き、走り始める。翔也が、藁人形を食い止めてくれているうちに、逃げなければいけない。

 義明は、何度も倒れそうになったが、紀香がそのたびに喝を入れた。


 二人は走り続けるが、少しも逃げられず、義明の足に限界が来てしまう。義明の足はもつれ、頭から転倒してしまった。


義明

「もう、僕は無理だ。逃げられない。ここに残る。紀香、先に行ってくれ」

 義明はもう、立ち上がることは出来ない。

 弱音を吐き、その場にうずくまってしまった。


紀香

「義明、諦めないでよ。こんなところで諦めてどうするのよ」

 紀香は、懸命に声をかける。


義明

「無理なものは無理だ。足に力が入らない」

 義明が足を擦りながら言うと、林の奥から、なにやら気配を感じる。


 紀香が、スマホのライトで照らすと、木の横に藁人形が立っていた。

 今度は、しっかりと姿を確認出来る。

 大きさは、三から四メートル。

 藁の甲冑を身に着けたような姿。大柄で、恐ろしい鬼の仮面をつけていた。


 紀香は、その姿を学校の授業で、見たことがあった。

 秋田県中南部の一帯を中心に見ることが出来ると言われている【鹿島様】まさに、その姿だったのだ。

 本来の鹿島様は、疫病などの災厄から集落を守る武神だそうで、人に危害を加える神様ではない。


 紀香は、その恐ろしげな姿と顔に、萎縮してしまった。

 ジリジリと藁人形がこちらに近付いてくる。


紀香

「翔也は。翔也はどこ」

 勇気を振り絞り、足元に落ちていた木の枝を投げつけ、藁人形に向かって叫ぶ紀香。


 紀香の叫び声にもろともしない藁人形は、徐々に距離を縮めてゆく。

 雨が滴る藁人形は、スマホのライトに照らされ、恐ろしい顔を、さらに、恐ろしくさせたのだった。

 そんな藁人形から、視線を反らせなくなってしまった紀香と義明。二人の体は硬直し、この化物から逃げることを、放棄している。

 


「おまえら、なにやってんだ!逃げろ!」

 突然、司が走ってきたかと思うと、義明の腕をを肩に回し、紀香の背中を優しく叩いた。

 

「いくぞ、立てるか」

 司は、紀香の手を引き、藁人形から逃げるために走り出した。


 降り止まない雨の中、ぬかるむ地面に、義明を肩に担ぎ、紀香の手を引く。

 林の中の景色は、一向に変わらず、木の枝ばかりが体に引っかかった。

 懸命に、走り続けた司だが、そんな状態のまま、逃げ続けられるわけもなく、あっという間に藁人形に追い付かれてしまう。


「ここまでか」

 息を切らした司。


 紀香も義明も、体力の限界のため、一言も言葉を発することが出来なかった。

 司は、藁人形と二人の間の壁になり、臨戦態勢をとる。

 距離を詰めてくる藁人形。 

 禍々しい雰囲気は、空間すらも歪ませているように見えた。 だが、そんな姿を目の当たりにしても、司の心は、恐怖を捻じ曲げ、立ち向かおうとする。


 最後の力を振り絞り、藁人形目掛け走っていこうと思った時だった。


 藁人形と司の間に、一筋の雷が落ちたのだ。

 林に響く雷鳴とともに、その場にいる全員の瞳は閉じられた。



 少しの沈黙の後、次に目を開いたときには、藁人形の姿は、そこにはなかったのだ。


 


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