第9話 取り返しのつかない失敗

翌朝、軽食の後、予定通り中隊は出立した。


半キャス(1時間)程で向こうに森が見えてくる。


森まで半カリム(500m)くらいで魔法士部隊は停止した。


前衛部隊はそのまま歩を進める。


ヨル小隊長の号令が聞こえる


「ヨル小隊 魔石を小隊用に交換 風魔法詠唱準備」


 魔石を黄に交換する、皆、随分慣れたようだ


「「「「黄 交換完了」」」」


しばらくすると・・・・


森の方で前衛フロントが巨大な蜘蛛を釣りだすのが見えた。


ヨル小隊長が他の小隊長に目で合図して


風魔法詠唱開始」と号令を上げた。


俺も詠唱を始める


 「¥?<#&$% ¥?<#&$% ¥?<#&$% ・・・・・・・」


俺の魔石が光はじめ、


分隊長の魔石も光り出した、


そして小隊長の魔石が光りだす


 『


小隊長の起動キーと共に魔石の周辺が陽炎のように揺らめき、


その塊が蜘蛛に向かって射出される。


火や水と違って、風魔法は視認し難いな。


と俺一人だけ見当違いの事を考えている。


陽炎は蜘蛛を包み込んで・・・・中をズタズタに引き裂いた。


分隊長の号令


「よし、リド、タイマーセットを頼む。


各自魔石を黒に交換、次の詠唱に備えよ」


で自分の杖から熱くなった黄魔石を取り外した。


「どうせ1時間後には、黄色に戻すんだろ?」


小さな声だったが、ガラの声が聞こえた。


黒魔石を杖にねじ込みながら。


とひとりごちた。


さて、作戦は順調でカイトス小隊もネーラ小隊も危なげなく蜘蛛を排除していく。


そして、我々、ヨル小隊の番が回ってきた。


「ヨル小隊 魔石を小隊用に交換 風魔法詠唱準備」


「「「「黄 交換完了」」」」


 森から蜘蛛が出てくる、順調だ


 「風魔法詠唱開始」


 「¥?<#&$% ¥?<#&$% ¥?<#&$% ・・・・・・・」


俺も詠唱を始める


その時、それは起こった!!


「あっ!!」


それは・・・とても小さな声だった。


ギーグ分隊長を見ると、何故か怖い顔でネイド分隊の方を見ている。


そちらに顔を向けてみる・・・あれ?


魔石の《外れた》杖を構えるガラの姿が見えた。


足元に魔石が落ちてコロコロ転がっていく・・・


無情にも近くの水たまりに落ちて ぽちゃん と間抜けな音をたてた。


目と口を限界まで開けて、呆然としているガラの顔


魔法詠唱で体から抜けていくもの以外に・・・何かが抜けていくのを感じた。




結論から言うと・・・


この魔法では蜘蛛を殲滅できず、


カイトス小隊が詠唱可能になるまで前衛部隊総出の遅延戦闘が続いた・・・


俺は、この時の怒声と罵声を生涯忘れないだろう。


この遅延戦闘での前衛部隊の疲労が激しく、森を警戒しながら休憩後、


今日は宿営地に撤退することになった。


「ヨル小隊長及びネイド分隊は宿営地帰投後、直ちに中隊本部に出頭せよ」


と通達があったのは言うまでもない。





宿営地に移動後に予定外の昼食を取った、


ガラはいなかったが、もしいても喉を通らなかったろう。


食事の時にアリアが


「分隊長、ガラはどうなるんでしょうか?」と聞いていた


「まあ新人のミスだしな、ただ中隊の予定まで影響したから


 何かの処分はあるだろうな」


 「そうですか」


 「ああ、それに小隊の責任として俺達にも


  何か仕事が回ってくるかもしれないぞ」


  あっセラ分隊長の顔が、ニガの実を嚙んだみたいになった。


  しばらくするとヨル小隊長とネイド分隊が帰ってきた。


  流石にガラはうなだれている。


 「小隊長、処分はどうなりました?」


 「セラか、新人の失敗だからな。ガラは砦に帰投後1週間の謹慎。


  それと小隊のペナルティーは砦の補修作業1週間だ」


  それを聞いたセラ小隊長が、ネルド小隊長を睨み


 「ネルド、1個貸しな」


  と自分の天幕に帰っていった。


  本部の天幕では今後どうするかを会議中らしい。


  1時間半キャス程で小隊長から決定内容を教えてもらった。


  明朝、同じ場所でジャイアントスパイダー討伐を行う。


  小隊毎3回の詠唱を確認したいので、合計9体の討伐を予定する。


  詠唱順はカイトス→ネーラ→ヨル 


  討伐対象が出なくなったら仮目標に向かって詠唱


  あと、今日は夕食までの時間は自由、

  

  魔法士の魔法使用も夜まで許可する。


  それを聞いて分隊長に

  

  「ちょっと詠唱練習行ってきます」と告げて天幕から出る。




  周囲を見回して人気の無い林を歩く。

  

  もう一度周囲を確認


  左手に杖を構え、右手にペンダントを握り、呼吸を整えて


 『フリーズ フリーズ フリーズ フリーズ フリーズ ・・・・・・・・』


  ん~~ダメだ? イメージが悪いのかな?


  氷のイメージか? ・・・・・


  あー冷たいアイスが食べたくなってきた。


  そういえば、31種類のフレーバーのアイス


  土産に持っていったらスゴイ喜んでくれたな。


  箱の中にあったアレで遊んだり。


  ぼしゅっ・・・・・・・・・どん


  あれ? いま、なにが起きた? 


  杖の向いている先の草むらにナニか白い物が落ちている。


  おそるおそる近づくと、草の間に人の頭位の白い塊がある。


  左手を伸ばしてみる、近づけた指先に冷気を感じる。


  意を決して右手で掴んでみる、ずっしり重い・・・


  手袋を通じて冷気を感じる。


  それを地面に置く。


  その場に座り込んで両手で顔を覆う、右手の手袋が冷たくて気持ちがいい。


  やっぱり手袋は濡れてないな・・・・


  これ・・・・・アレだよな。


 『じゃねえか~~~~~~!』


  どうする?


  そもそもこの場合、何か目に見える現象でも起きたらラッキーだろう


  出来なかったら心の中に封印して、


  『俺の黒歴史ファイル』が1冊増えるだけ。




   あれ・・・・・ちょっとまてよ・・・


  『スイッチに決めて、それに能力の方を結びつけるんだ!!』


   胸元に掛かる菱形のペンダントを見る


  『【ペンダントスイッチ1】と【フリーズスイッチ2】に決めて


  【ドライアイス《能力》】の方を結びつけるんだ』


  「つまり『フリーズ』の呪文は『ドライアイス』を作る魔法に決定した?」


   もう『フリーズ』の呪文で氷は作れなくなった・・・失敗した。


   目の前の『ドライアイス』はいつの間にか半分くらいの大きさになっている。


   まずいな、コレ・・ばれたら どう説明するんだ。


   頭の中で説明風景をイメージしてみた。


「今回私が発見しましたこの魔法、

 

 この世界の火・水・風以外の4つ目の魔法です。

 

 この物質は氷より遙かに冷たい白い塊で


 溶けると気体二酸化炭素になります。

 

 この気体二酸化炭素は人が(多量に)吸引すると死に至ります」


  『何だ、この得体の知れない物騒な魔法は』


  「だめだな、これは墓場まで持っていこう」


目の前で消えていく『ドライアイス』を見つめて、俺はそう心に決めた。

 

あまりの結果に動揺しながら天幕に歩いていると


「あれ?ジミーどうしたの?顔色が悪いわよ」


アリアに声を掛けられた。


「いや、詠唱練習で疲れたのかな」


「とんでもない事をやって、どうしようって顔してる」


 反射的に左手で顔を覆ってしまった。


「アリア、俺の表情ってそんなに分かりやすい?」


「いいえ、でも、ジミー、ウチの弟が、やらかした時と同じ顔してるの」


 アリア弟~~~


「私の服にインクこぼした時の弟の顔そっくりよ」


 頭にリリー姉ちゃんの顔が浮かんだ、


 ごめんアリア弟、気持ちはスゴイわかる。


「今、うちの姉さんの顔が浮かんだ、笑ってるのに笑ってない」


「何かあるなら、このお姉さんにそうだんする?」


「いや、アリアは同じ歳でしょう。」


なんとかごまかそうかとも思ったが、


アリアの顔にリリーのイメージが重なった。


「アリアお姉さん、ゴメンね、今は相談すら出来る段階じゃないんだ。


相談できるようになったら話すよ」


弟は姉にかなわないな


「そう、じゃ約束ね」


「ありがとう、アリア」


「いえいえ」


 ああ、とんでもない約束しちまったな。

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