最終話 ヤマアラシガール
翌日、ミュゼ君は近衛隊を連れて王妃様のお墓参りをした。お花をたくさん供える。一番新しい墓石にも手を合わせた。
二人のママ、どうか安らかに眠ってください。
帰り道、サラサラとした風が吹く草原でミュゼ君は横になって目を閉じる。昨日の疲れが出た先輩も眠りだす。私は周りをキョロキョロ見ながら……ミュゼ君のほっぺにキスをした。
キャー! と顔を押さえて暴れていたら、サッと掴まれた。わわわバレちゃった!? 寝込みを襲うようなマネをしてごめんなさい!
「可愛いね、チェリー」
キレイな微笑みに息が止まるかと思った。
形のいい薄桃色の唇が近づいてきて、鼻の頭にキスをされた。
「一緒にどこか遠い場所に行っちゃおうか。僕ね、チェリーが居てくれれば何処でも楽しいと思えるんだよ」
突然そんなことを言われたので、ビックリして顔を見る。年相応のイタズラっぽい表情だ。
「僕は五男だから、王になるための勉強を受けていないんだ。スカーレット兄さまが元気になったんだから、もういいよね」
いやスカーレットは色々と忙しいのよ。
毎日クマが出来ているのは、夜の間ずっと仕事しているからなのよ、とは言えない。
「僕ね、牛と豚と鶏のお世話をしながら、捨てられたペットの新しい家族を探す仕事をしたいと思っていたんだ。怪我や病気を治してさ」
夢を語る顔はとてもキラキラしている。
彼は室内で書類仕事をしているよりも、青空の下で動物といる方が似合っている。
「チェリーは、僕が王様じゃないとイヤ?」
私は間髪入れずにブンブンと勢いよく首を振った。
ミュゼ君が行くところに私も行きたい。
どこへでもお供するよ。王様をやめてもずっと私はあなたの近衛隊長!
「ありがとう、いきなり家出は迷惑かけちゃうから、ちゃんと手続きをしにいこうか」
+++
ミュゼ君はスカーレットの必死の説得により、王の立場を維持しつつ城の庭で牧場をやることになった。
書類仕事は宰相という新たなポジションが設けられ、とっても賢そうな犬耳さんが勤めている。
それからお城の一、二階を捨てられたペットの育成と引き取り先を見つけるカフェにした。
どうしても引き取り手のつかない子達は近衛隊に入ったため、現在、総勢三十名。なかなか大きくなったものだ。
「チェリー、ボーンの新しい家族が見つかったよ!」
エプロン姿で走ってくるミュゼ君は今日も輝いている。
私は彼が大好き。
この恋が報われる事は無い。だって私はヤマアラシだから。
でも、それでもいい。
あなたのそばに居られることが私の幸せだから。
平穏な日々をこれからも守っていきたい。
「お前は獣人にはなれんのか」
スカーレットの部屋を訪れると、いきなりそんな事を言われた。獣人……お城に沢山いるケモノ耳の人たちか。
「大きくなったり小さくなったりは、体型変化魔法だ。完全な人間は無理でも、その気になれば中間にはなれよう」
そうなったら喋れるようになるかもしれない。
チャレンジしてみる価値はある!
スカーレットは大きな本を取り出し、表紙をなでる事で鏡が付いた試着室を出現させた。これも隣の国の技術らしい。
壁には成功した時に備えてメイド服が掛けられている。用意がいいな。よく見たらカゴの中には下着とストッキングまで入ってる。
ここまで来ると変態の域な気がする。
獣人になれ獣人になれと目を閉じて念じると、だんだん体が熱くなっていく。
目を開けた先には……褐色肌の美少女がいた。
白黒メッシュの長い髪に、丸い耳がチョコンと乗っていて、黒くて丸い鼻がある。パッチリした目で、頬からヒゲがチョコンと生えている。
美少女に手を振ると、振り返してきた。
着替えてドアを開くと、スカーレットが目を丸くして持っていたティーカップを床に落とした。紅茶のシミがカーペットを汚していく。
「おお、予想以上に良いではないか。余の専属メイドにしてやろう」
寝ボケた事を言い出したスカーレットを置いて、部屋から飛び出した。ミュゼ君に見せてこよう!
久しぶりの(半分)人間の体、走りづらい。
足がもつれて盛大に転んでしまった。
「お怪我はありませんか?」
顔を上げた先には、毎日見ている顔があった。
手を引いて起こしてもらう。わあ、目線がほぼ同じ高さ。こうして見てもやっぱりキレイで可愛い!
幸せな気持ちで見つめていると、ミュゼ君は不思議そうな目で近づいてきて、私の頬に触れた。
ミュゼ君が、ゆっくりと口を開く。
「チェリーなの?」
うなずくと、抱きしめられた。
何度目だろうか、彼の腕に閉じ込められるのは。
今日は特別にあたたかい。
私の名前はチェリー。中身は日本人。
初恋の人を守るために戦う近衛隊長ヤマアラシガールだ。
終わり。
転生ヤマアラシガール! 〜異世界で初恋の王様の近衛隊長になる〜 秋雨千尋 @akisamechihiro
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