第12話 死にたくなるあなたを守ること(後編)

 建国記念日は朝から活気づいている。

 街には運動会みたいに旗が飾られて、ダンスや演奏など様々な催し物が行われている。食べ物の屋台からいい匂いが漂い、みんな笑顔だ。


 その一方で、私と先輩は疲労困憊だ。

 王様が祭りに顔を出すのは分かる。開会宣言まではスムーズにいっていた。

 でもその後がひどい。

 子供達に笑顔で対応していたかと思えば、いきなり井戸に飛び込んだ。引き上げるのに周りの手を借りたけど、みんな遊びだと思って笑っている。


 サーカスの舞台に上がって火の輪をくぐる。

 観客は盛り上がったが、こちらは消火するのに必死だ。ライオンの口に顔を突っ込んだ時はもうダメだと思った。ライオンがプロで良かった。


 紐状の物を見れば首に巻くし、高い場所に登りたがるし、本当に目を離せない。

 徘徊する老人の介護の大変さが分かった。

 明らかにいつものミュゼ君じゃない。目が違う。

 水色と黄緑色を混ぜ合わせたようなキレイな色の目が、深い海の底みたいになっている。

 何も映さぬ、光を通さぬ世界──。


 彼は一生このままなのだろうか。

 普段は胸の奥に押し込めているだけで、本当はずっと苦しんでいるのではないか。それが年に一度爆発するだけではないのか。


 疲れがピークに達した私たちは、ミュゼ君を部屋に閉じ込める事にした。窓とドアをガードする。

 ミュゼ君は虚ろな目を先輩に向けて、ツカツカと近づき、水の泡に閉じ込めて宙に浮かす。


「ごめんね、ぼく、いかないと」


 窓に手をかけたところを、横腹に頭突きを食らわせた。ごめんミュゼ君、アザになったかな。

 深海の目はこちらをじっと見ている。


「その毛はするどくていいね。ねえ、さしてよ」


 ミュゼ君が私を抱き上げて、背中を首に当てる。ハリに刺すな刺すなと言い聞かせる。イヤだよ、あなたを傷つけたくない。


「おねがい、ぼくをころして……」


 彼の「ころして」が、「たすけて」に聞こえた。

 考えろ、考えろ、いま考えなければすべて終わってしまうんだ。


 ──真実が私の想像した通りなら、ミュゼ君はどうして欲しかった?──



 私は全身に悲しみのエネルギーをまとう。

 そしてブルブルと体を振って彼の手から逃れると、グングンと巨大化していった。

 そして彼を腕の中に閉じこめる。喰らえ、モフモフ攻撃! あたたかさに気を失ってしまうがいい!


「……かあさま……」


 先ほどから声が幼いと思っていた。

 きっと、四歳のミュゼ君だ。成長できないまま心の中に居続けている。


「ぼく、あのひとがいなくなれば、みんなが、しあわせになれるって、おもったんだ」


 幼いミュゼ君は愛人を絵本の魔女だと思い込み、覚えたばかりの水の魔法で殺してしまった。

 そしてそれを母親に見せたのだろう。

 動物がつかまえた獲物を見せびらかすように。褒めて欲しかったのかもしれない。


「なぜおこるの、かあさま……どうして……」


 心を病んでいた王妃はミュゼ君を厳しく叱った。日頃の行いからして、殴ったりもしただろう。ミュゼ君は悲しみと驚きでパニックになり。

 母親のことも殺してしまった。

 王妃が池で見つかったのは、事件に気づいたスカーレットが偽装工作をしたからだと思う。ミュゼ君が親殺しと罵倒されるのを防ぐために。


 でもその結果、彼の心は傷ついたまま回復せず、毎年この日になると死に向かってしまうのだ。


 私は一度ミュゼ君を離し、頬を両手で包んでから、パチンパチンと音を立てて叩いた。そして驚いた顔をした彼と視線を合わせて頭を撫でた。

 涙が浮かんだのを見て、またギュッと腕の中に閉じ込めた。


「……かあさま、ごめんなさい……うわあああ!」


 ミュゼ君は泣いて泣いて、やがて気を失うように眠りについた。私は朝までずっとモフモフベッドになってあげた。

 来年も同じ状態になるならば、また同じことをしてあげよう。

 いつも頑張っているのだから、一年に一度ぐらい子供になって大泣きする日があってもいい。


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