第11話 死にたくなるあなたを守ること (前編)
三男は折れた鼻の治療をされずにお城の地下牢に一晩放置されて、痛みと絶望で髪が抜けた。
翌朝やってきたスカーレットに「隣国ウエストビリジアンで一番の整形外科医を呼んでやっても良い。お前が素直になるならば」と言われて、全ての罪を告白した。
腹黒王子はこういう時に頼りになる。
【国王暗殺の真犯人は死んだはずの第三王子】
センセーショナルな号外が配られ、二男と四男の殺害犯は自らお城に名乗り出た。
対応したミュゼ君は、加害者達の苦しみを聞き、加害者であり被害者でもあると告げるとすぐに家に帰した。
冤罪で捕まっていた人間の近衛兵も釈放されて、多額の補償金を渡される事になった──が、彼らは丁重に断った。
スカーレットから「必ず真犯人を挙げる。それまで辛抱してくれ」と言われて、家族への連絡も許されて、給料も出ていたからだ。
彼らが職務復帰して王城の守りは固くなった。
事件に関わってはいたが、誰も傷つけていないウサギ耳少女は、仲間と共に舞台の前座を務めて、ミュゼ君と私にとびきりの笑顔を見せてくれた。
城内で刺客に狙われる事がなくなり、穏やかになった私の日常。今日もミュゼ君のお写真を見にスカーレットの部屋に行く。
「来たかチェリー。今日はキッシュだ」
私専用のクッションを用意して、オヤツもくれるのだ。うん、ほうれん草のキッシュ美味しい。モグモグ。
ヘビの呪いが解けて、二十歳になったスカーレットはビー玉の呪いに対抗するために延命効果のあるピアスを身につけている。
「──この方が我らの母上だ。建国記念日に亡くなった。ミュゼが四歳の時だ」
思いのほか重いテーマだった。
金色の髪を一つにまとめた女性が、小さいミュゼ君を抱っこしている。切れ長の目元はスカーレットに似ている。
「母の命日に、毎年ミュゼは自殺未遂をする」
五歳で池に沈み、六歳で飛び降り、七歳で毒を飲んだと淡々と語るスカーレットの顔色は悪い。解毒するのはすごく大変だったらしい。
「ミュゼの暗殺は難しくない。祭りの日に凶器と共に閉じ込めておけば、勝手に死ぬ」
そんな……。
せっかく安全になったのに。
いくらお母さんの命日だからって、そこまで死に囚われるものかな。スカーレットは目を伏せて苦しそうにため息をついた。
「今、重要なトラブルが起きていてな、余はしばらく部屋から離れる訳にはいかぬ。……ミュゼを、頼む」
私は了解のポーズをとってドアに向かった。
先輩に詳しい話を聞いてみよう。
「……余があんな絵本を贈らなければ……」
そんな呟きが聞こえて振り返ると、スカーレットは頭を押さえて俯いている。
震える肩が、ひどく小さく見えた。
「今年もまた地獄の一日が来るんやな」
先輩はぐったりと寝転んで語る。去年は三人がかりで見張っていたのに、ほんの一瞬目を離した隙にいなくなり、頭から灯油を被っていたらしい。
ママが大急ぎでライターを弾き飛ばさなければ、私は彼に会えなかった。
「普段は穏やかやのになあ、この日だけスイッチが入ってまうんよ。護衛対象が自ら死ににいくんは、ほんまキツイで」
「なんで人間の護衛を付けないんですか」
「ミュゼはんの名誉のため言うてたで」
スカーレットは事情を知っている。
そして、そのヒントは絵本にある。私は先輩に頼んで本棚を探してもらった。
「絵本はこれだけや。『勇者と魔女』。この国のベストセラーやな」
──とある国に美しいお姫様がいた。彼女には恋人がいたが、悪い魔女が彼の心を盗んでしまう。勇者は魔女を倒して心を取り戻し、二人は結婚して末永く幸せに暮らしました──
よくある感じのお話だ。
私は首を傾げる。これじゃないのかな。
ううん、お姫様と恋人か──。
「ミュゼくんのご両親は仲が良かったのですか」
「王妃様は北国ノースブラックのお姫様でな、気が強かったんや。ミュゼはんが産まれてから王様は若い愛人に入れ込んだ」
二人の仲は見る見る悪くなり、王妃様はイラついて息子たちに暴力をふるう事もあったという。
両親の不仲、母親からの虐待。
王子達が歪んだ理由が少し見える気がする。
「建国記念日に、愛人が風呂場で、王妃様は庭の池でそれぞれ溺死した」
「同じ日に!?」
「そうや。だから王妃様が愛人を殺して自分も──と噂されとる。精神を病んで薬を飲んでいたらしいしな」
“溺死”
イヤな想像が駆け巡る。
かき消したくて、先輩に軽く尋ねる。
「そ、そういえば魔法って何才ぐらいで使えるようになるんですか」
「なんやいきなり。暗い話ばかりで参ったんか。そうやなあ、だいたい三歳までには使えるで。ミュゼはんもそうや」
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