第10話 白い教会で黒幕は微笑む

 ミュゼ君が降らせた雨の音が聞こえる。

 金の花瓶にバラの花が飾られて、ステンドグラスからは柔らかい光が降り注ぐ白くてキレイな教会。

 十字架の前に豪華な椅子を置いて座っているのは、息をのむほどの美男子だ。


「ふふん、私の美しさに声も出ないようだ。仕方ない、特別に見せてやろう!」


 美男子はサラサラの長い髪をファサッとかき上げて、ツカツカと歩き出す。

 壁にぶら下がる紐を引くと、壁に飾られた風景画が全てこの人の肖像画へと変わった。つい最近こんな光景を見たような、王族の間で流行っているのかな。


「私は生まれてすぐ助産師に誘拐された。謁見のリクエストが毎日大量に届いた。誰も彼もが私の美しさに夢中だった」


 超絶天使な肖像画を見る限り、嘘はついていなさそうだ。

 花嫁選手権が百回開催されたとか、身に付けたものに家が買えるほどの高値がついたとか、武勇伝は続く。


「そして思った。世界一美しい私にふさわしい仕事とは何かと。それは玉座に他ならない!」


 窓から見える王城を指差して叫ぶ。

 まあ、確かに。豪華絢爛なガッシリした王様の椅子が似合いそうだ。ゆっくりワインなど片手に微笑めば女神様でも落とせそう。


「だが悲しいかな、私には兄がいる。だから父上に直談判したさ、私を跡継ぎにするべきだと!」


 国王様も困っただろうな。

 子供時代にチヤホヤされ過ぎるとこうなるのか。


「決して首を縦に振らない父に、我慢の限界が来た。我が覇道を邪魔する者はすべて排除すると決めた。手始めにヘビの森に入り、このカリスマ性で従者にした」


 周りのヘビ達の囁き声が聞こえてくる。

 要約すると「バカで可愛い」「母性本能がくすぐられる」「食べちゃいたい」だそうだ。


「テーブルクロスに白ヘビを忍ばせ、国王たちの首を噛みちぎらせた。スカーレット兄を呪い、殺人狂の二男は息子を殺された母親を招き入れて殺させた。全て計画通り!」


 王様になった三男は豪華な屋敷を作ろうとして、反対したミュゼ君を地下に閉じ込めて、出血多量で死んだはずだけど。


「多くの権力者の反発を受けて国王を解任された。

 五百万人の署名を受けてだ。……何故だ。私が王になる事は皆が望むはずだろう!」


 多くの権力者か、きっとスカーレットが手を回したんだろうな。ミュゼ君を傷つけたから。

 いきすぎたブラコンを敵に回してはいけない。


「玉座を追われる屈辱に耐え切れなかった私は、美しく死ぬためにヘビに自分を咬ませた。バラの入浴剤と花びらを浮かべた浴室につかりながら」


 ややこしいことするなあ。事情を知らない人からしたら出血多量に見えるよね。


「だが死ななかった。地中で目覚めた私はヘビ達に棺桶を壊してもらい脱出した。月がとても美しい晩だった」


 それから教会で暮らしているようだ。

 隅の方にベッドもテーブルも食器も置かれている。壁には着替えも掛けられている。


「一族の汚点である四男を、私のファンであるそこのウサギ少女の協力で連れてきた。そしてハーレムの被害者に殺させたのさ。全員で気が済むまでナイフを刺してもらったよ。ここまでは簡単だったんだが──」


 三男の目がじっとこちらを見据える。


「ミュゼルシェルには恨みを持つ者がいない。私の虜となった女達に襲わせたが、返り討ちばかり。何故だ? あの子の何がそうさせる?」


 私はミュゼ君のほんの一部しか知らない。

 だけど──病気の兄さまのために花を摘める、緊張している子を励ませる、いつも自分より誰かを優先する、家族の死に涙する──


 彼を嫌いになった自分が、イメージ出来ない。


 もっと知りたい。そばに居たい。

 守りたい。ずっと一緒に生きていきたい。


 優しくてあたたかい、私たちの王様。



「──はあ、動物に聞いても意味がなかったな。お前には私の信者を全員殺されたんだったな、移り気なウサギもろとも死ぬがいい!」


 ゴゴゴ……と地響きがして、祭壇が宙を舞った。

 下から飛び出して来たのは巨大な黄金のヘビだ。教会の天井まで届くほどの高さ、ぬるりとしたボディーでにじり寄ってくる。


 振り向くと、ウサギ耳少女が座り込んでいた。怖くて動けないらしい。

 こんな小さい子まで殺されてしまう。

 その時、今まで身を隠していた先輩の姿が見えた。

 そうだ、私は一人じゃない。

 守りたい人がいる。肩を並べて戦える人がいる。


 ──大丈夫、怖くない。絶対に生きてミュゼ君の元に帰る!──


 私はテーブル、照明、壁の縁などを経由してヘビの顔付近まで飛んでいく。ギョロリとした目が合う。長い舌が伸ばされる。


「先輩!」


 力の限り叫ぶと、先輩が蛇の体を縫うように炎をまとわせていく。熱さに苦しみ、開いた大きな口に自ら飛び込む。


「はははは、自分から食べられるとはな!」


 笑い声が上がった。

 青い空と白い雲の下で、微笑んでいるミュゼ君の姿を思い浮かべる。

 私は全身に恋のエネルギーをまとう。


 首の真ん中で巨大化し、頭と胴体を泣き別れにした。


 吹っ飛んだ頭はステンドグラスに直撃して外に飛んでいき、残った体からはビシャビシャと血が溢れ出して、三男の全身を赤く染めていった。


「ば、バカな……こんなことが……」


 私は三男に突進し、背中の針──ではなく、頭突きを顔面に食らわした。

 ゴキャッという鈍い音が響いて、彼は後ろ向きに倒れて気を失った。私がやるのはここまでよ。

 先輩に近づいて軽く頭をコツンと合わせる。ハイタッチのつもりだ。


 座ったままのウサギ耳少女に向き合う。

 お願い、伝わって。

 三男の方をチラチラ見ながら告げる。


「人を呼んできて。彼の罪を暴いて。あなたの証言が頼りなの」


 少女はうなずき、教会を飛び出した。

 複数のメイドさんとミュゼ君がやってくるまで、そう時間はかからなかった。

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