第9話 ヘビに愛されし者は誰だ

 ミュゼ君は部屋にいなかった。

 回復したとしても外出するには早いだろう。あちこち探していると、外から悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「……イヤだ、目を開けてよ、アプリコット!」


 ミュゼ君がママの体にすがりつくようにして泣いていた。地面がえぐれているから、体重十倍を食らったまま叩きつけられたようだ。

 痛かったし、怖かっただろう。

 仇を討ったとしても、消えた命は戻らない。


「……僕が代わりに死ねば良かったのに……」


 思い詰めた声にゾッとして近づくと、きつく抱きしめられた。

 私の名前を何度も呼びながら、とめどなく涙が溢れていく。先輩も近くに来て、ミュゼ君の背中に顔を擦り付けた。


 やがてミュゼ君は「そろそろ、アプリコットを休ませてあげよう」と言って立ち上がった。

 ママの体をシーツでくるんで運んでいく。

 ふと視線を感じて振り返ると、ウサギ耳の小さな女の子がこちらを見ていた。

 あの子……ミュゼ君にお手紙を渡していた子じゃないかな。アイドルみたいな衣装を着ていた。


 お城の庭に白い教会があった。

 立派な歴代王族のお墓と並んで、可愛いお墓が並んでいる。


「ミュゼはんはウチらを家族として王家の墓に一緒に埋めてくれるんや」


 可愛いお墓には一つ一つ名前が彫られている。ママの眠る土の上にも、やがてアプリコットと書かれた墓石が置かれるのだろう。

 ミュゼ君はお兄さん達のお墓にも手を合わせていく。スカーレット以外は死んでいるんだ。ひどい兄弟でも寂しいんだろうな。

 一緒に手を合わせていくと、違和感があった。

 ……ん?

 土が柔らかい場所がある。

 まるで何か這い出てきたみたいな。


「先輩、この世界にゾンビっていますか」


子鹿バンビの事言うとるん?」


 どうやら居ないようだ。

 その夜、ミュゼ君のお部屋で先輩に報告をする。

 スカーレットのこと、ママの仇のこと、先輩はうなずきながら聞いてくれた。


「ヘビの呪いとは厄介やねえ、全身を締めつけられるような痛みやと思うで」


「あの人、何歳なんですか」


「いま19や、来月誕生日のはずやで」


 本当にもう時間がないんだ。

 早く犯人を捕まえて呪いを解かないと、キレイなビー玉の呪いで死んでしまう。


 不意に、人の気配がした。

 ドアの前に誰かいる。先輩も気づいて臨戦態勢をとる。だが人物は何もせずに離れていった。

 私はそっと後を追いかけていく。

 だが廊下の突き当たりで消えてしまった。隠し扉を疑って調べたけど何も無かった。


 部屋に戻り、ミュゼ君の寝顔を見つめた。

 月明かりに照らされたキレイな金色の髪。長いまつ毛。形のいい唇は薄桃色。

 これだけ可愛ければブラコンになるのも納得か。


「ミュゼはんの事が好きなん?」


 先輩がポツリと呟いた。

 うなずくと、困ったようにため息をついた。


「ウチも野暮な事は言いたないけどな、相手が悪いわ。人間でかつ王様やで。そのうち別嬪のお姫さん貰うんやで」


 胸がズキリと痛む。

 分かってる。私はヤマアラシだ。ううん、たとえ人間だったとしても絶対に無理な相手だ。

 それでも、私の気持ちは──。


 翌朝、スカーレットの部屋を訪れた。

 監視カメラを詳しく調べれば、消えた謎が解けると思ったからだ。

 機嫌が悪いことを考えて、ささやかな手土産も持ってきた。


「また来たのかケモノ。余は忙しい。ミュゼの警護をしていろ……おい、それはまさか」


 ミュゼ君がスカーレットのために積んだヒマワリをくわえてきた。

 ふざけるなと怒られる可能性もあったけど、スカーレットは受け取って花瓶に飾った。

 

 壁をペシペシ叩いてカメラの映像を催促し、更に引き出しからノートパソコンも取り出して持っていく。


「……本当に人間じゃないのか?」


 もう一回スキャンされてからカメラを見せてもらう。昨夜の廊下のデータ、時間を合わせて。

 いた。ウサギ耳の小さな女の子だ。

 廊下の端まで来て、壁紙の花を順番に押していく。上、下、右、左、また右か。

 早速やってみようとしたが、スカーレットにつまみ上げられてしまった。


「今日は雨乞いの儀式がある。屋外で危険だ、ミュゼを警護しろ」


 それは大変だ。お礼も忘れていた。

 ペコリと頭を下げてから部屋を後にした。「またいつでも来て良い」と言われた気がした。



 雨乞いの儀式を終えて、びしょ濡れになったミュゼ君はお風呂に行き、私たちは見張りをする。今日は特に問題は無さそうだ。

 

風呂上がりのランチタイムは近衛隊の休憩時間。黒幕にたどり着けるかもしれないので先輩を連れて廊下の突き当たりに向かう。


「女性ばかりだと思いませんか」


「ああ、同感や。敵さん女の軍団やな」


 感電女に、ママ殺し猫、今日襲ってきたのも全員女性だった。いくらなんでも偏りすぎではないか。

 猫女は「愛のため」だと言っていた。


 彼女たちが命がけで愛を捧げているのは誰?

 

 上、下、右、左、右。

 壁からカチッという音がして光を放ち、二人まとめて吸い込まれてしまった。


 目を覚ました先は、薄暗い場所。

 一瞬スカーレットの部屋かと思ったけど違う。石で出来た空間だ。ミュゼ君と一緒に飛ばされた冷凍庫に似ているけど寒くはない。

 階段を上がっていくと話し声がした。


「お前はいつミュゼを殺すのだ」


「他の兄弟のような悪い人には見えません。ペットの死をひどく悲しんで、お墓まで作って……」


「殺人狂とロリコンの弟がマトモな訳がない。絶対に悪事を働いているはずだ」


「その言い方、やはり証拠はないのですね!」


「はあ、やれやれ。あいつに魅了されたか、ならば用済みだ」


 女の子の悲鳴がして、私は夢中で飛び出した。

 ウサギ耳少女を背中にかばいながら見たのは、無数のヘビを従えた男の姿──。

 サラサラのプラチナブロンド、白い肌、澄んだアメジストの目。この世のものとは思えぬ美形がそこにいた。


「なんだ下賎なケモノよ。私が世界でもっとも美しい第三王子と知っての狼藉か。オシオキが必要だな」

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