第8話 第一王子スカーレット

 連れていかれたのは薄暗い部屋。

 窓は光を取り込まず、天蓋付きベッドのカーテン部分は引きちぎられている。

 誘拐犯は血のような長い髪と、沼の底のような目を持つ男、第一王子スカーレットだった。


「──さすがに階段は、キツイな……」


 スカーレットは咳き込み、私を片手に捕まえたままベッドに倒れ込んだ。ゼーゼーと苦しそうに呼吸をしている。

 近くで見ると、切れ長の目に鼻筋が通っている。

 雰囲気は暗いけど顔立ちはキレイなんだ。やっぱりミュゼ君のお兄さまだな。


 他の兄たちの悪逆非道ぶりは聞いたけど、この人はいきなり病気になったとしか──。

 スカーレットはサイドテーブルに置かれた大きいビー玉を手に取り、喉に当てた。ポウッと淡い光が発生して、呼吸が整っていった。


「──どうした、これが珍しいか」


 目の前に並べられたビー玉は複数の色が混ざり合っていて、芯の部分が光っている。うっとりと見ていると、スカーレットは薄く笑った。


「二十歳で死ぬ呪いがかかっている石だ」


 飛び上がって下がったものだから、危うくベッドから落ちるところだった。

 こんなに綺麗なのに呪いのアイテムなの?

 スカーレットがパジャマのボタンを外していく。え、ちょっと。ダメダメ、浮気になっちゃう。私ぜったい見ないからね!


の体はヘビの呪いに蝕まれている。よって、より強い呪いで相殺しているわけだ。まさに毒を以て毒を制す、だな」


 チラリと覗き見た体は、胸元から腹部まで青黒く変色している。健康的ではないのは間違いない。

 つまりこの人は最大でも二十歳までしか生きられないのか。


「独自の調査により国王殺害犯はヘビだと判明している。だが当のヘビ使いどうしても見つからぬ……もう時間が無いというのに」


 服を着たスカーレットが、私を掴んでサイドテーブルの本の上に置いた。

 緑と黄色の光が交差していく。


【スキャン完了。生後一日のヤマアラシです】


 本が無機質に喋った。

 スカーレットはため息をつく。


「人間が化けているわけではないのか。何か秘密がありそうなんだがな」


 ベッドの横にあるボタンに手をかけると、背中側が持ち上がっていく。これ知ってる、リクライニングベッドってやつだ。

 しかしそれだけでは終わらない。

 更に90度移動して、壁を向く形になった。

 パッと映像が映し出される。

 街の様子が映っているのが十個。城内の様子が映っているのが十個。

 これ知ってる、監視カメラってやつだ。


 サイドテーブルからノートパソコンを取り出したスカーレットは複数のメールに目を通し、パパッと返事を送った。そしてワイヤレスイヤホンを付けて誰かと会話を始める。


「……例の件だが──そうか……」


 淡々と説明してきたけどそろそろツッコんでいい?

 なんでこの部屋だけハイテクなの!?

 他のところかなりアナログだよ? シャワーもエアコンもエレベーターも電子レンジも無いよ?

 私の心を読んだかのようにスカーレットは言う。


「これは医療に長けた隣国ウエストビリジアンから取り寄せた機械だ。高度な技術は時にたやすく他者を傷つける。誰彼構わず与えてはならぬ」


 なにその言い方ー!

 国民をなんだと思ってるのー! ブーブー!

 ながらスマホに殺された事を急に思い出した。悔しいけど一理あるかも。


「それに秘密裏に技術を与えれば一部の権力者を抱え込める。奴らは自分こそが特別な存在だと思いたい生き物だからな」


 便利なものを自分たちだけのサークルで独占して結束を高めるだなんて。

 腹黒王子だわ。


「この国の闇は余が支配する。犯罪者の処罰、スラム街の粛清、腐れ金持ちを喜ばせる裏カジノに裏オークション。ミュゼの暮らす昼に汚れを持ち込ませぬ」


 一つ分かった。

 この人、ブラコンだ!


 パタパタッとエンターキーの音が響いた。

 ひと通り仕事を終えたらしいスカーレットは、タブレットを操作して監視カメラの映像の代わりに写真を写し出す。

 全部、ミュゼ君だ。

 生まれてから現代に至るまでの記録──キラキラした金髪に宝石みたいな目。草原で花冠を持っていたり、水遊びをしていたり、お菓子を食べたりしている。


「ミュゼはカメラの存在を知らんからな、堂々と隠し撮りをした。見よ、この白雪姫の衣装の似合いぶりを、はあ、可愛い。この世で一番可愛い」


 私が間違えていました。

 この人は、いきすぎたブラコンです!

 そこまで好きなら、どうして冷たくしているのだろう。不思議に思って顔を見ると、ペキペキとイヤな音を立ててスカーレットの体が変化していく。

 青黒いウロコで出来たぬるりとしたボディ、ギョロッとした黄色い目。チロチロ出た赤い舌。

 へ、ヘビだあああ!


「……美しいミュゼ……そろそろ食い時だ……頭から丸呑みにして──」


 私は一目散に逃げ出して壁に激突した。

 物音で我に返ったスカーレットが苦しそうにうめく。


「……余は何という事を──うぐ、痛いぃ……失せろケモノ。食ってしまう。早く逃げよ!」


 体は元に戻ったが、まだ目がヘビのままだ。痛みから逃げるようにベッドのカーテンにしがみつき、引きちぎった。床に落ちてのたうち回るうちに、テーブルが倒れて花瓶が割れた。


「……必ず守ると、誓ったのに……母の亡霊はまだいる……いま、死ぬわけにはいかぬ!」


 スカーレットは泣いた。聞いているだけで辛くなる声だった。

 私はドアノブにぶら下がり、開いた隙間から逃げ出した。もらい泣きで目の前がよく見えなくて、階段から転がり落ちた。

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