第7話 狭い廊下で重力操作に立ち向かう!

 先輩を部屋に残し、私とママはパトロールに出かける事にした。医療チームが居るから安全だろうという判断だ。

 ママと並んで歩けるのが嬉しい。


「チェリーは別の世界から来たのでしょう?」


 不意にそんな事を言われて心臓がドキリと跳ねた。どうしてそれを。恐る恐るママを見る。


「お腹の中の子の心臓は一度止まったの。私は悲しくて泣いたわ。妊娠した時に近衛隊を辞めておけば良かったと思ったの。軽蔑する?」


 私は首を振る。

 出産経験が無くとも、家族を失う辛さは分かる。


「いきなり動き出したと思ったらあなたが産まれたのよ。生まれ変わったというより、別の魂が入ったと考える方が自然でしょ? そしてあなたは産まれてすぐに戦えている。別の世界から来たからよ」


 ミュゼ君の言う通りヤマアラシは賢いようだ。

 私は感心してしまった。


「あの、そうなんです。ごめんなさい」


「どうして謝るの?」


「それは、あなたのお子さんの体に勝手に入って子供ヅラして……」


 ママはふふっと笑って抱きしめてくれた。

 包み込まれるあたたかさが、じんわり体中に広がっていく。


「あなたは優しくて勇敢な私の可愛い娘よ」


 ママのぬくもりが離れた時、寂しくてたまらなくなった。

 心身共に赤ちゃんになってるみたい。


「近衛隊の仕事に戻りましょう。二手に別れて探した方が効率的ね。何かあったら大声で呼んでね」


 そう言ってママは上の階に向かった。

 できたら一緒に居たかったけど、隊長なんだからパトロールを頑張ろう。


 二回の戦闘を経て、私は背中のハリを自由に伸ばせることに気が付いた。熱にうなされるミュゼ君を見守りながら練習してみたら、胸ポケットに入るサイズまで小さくなる事もできた。

 暗殺に向いている能力だ。私なら国王様たちを殺せるかもしれないな。

 しかし廊下長すぎる。お城広すぎる。

 私は疲れてチラッと窓を見上げる。今日もいい天気だ。青空に白い雲が浮かんでいる。



 そこへ黒い塊が落下していった。



 えっ?

 あのトゲトゲの背中──。

 大きさ、そして、クリクリした目──。


 心臓がドコドコと鳴り響いて、呼吸がしづらい。

 ちがう、ちがう。ヤマアラシなんていっぱいいる。

 ママじゃない。ママじゃない。


《目を逸らすな》


 制服姿の私が責めるように言ってくる。

 なによ、ずっと目を逸らしていたのはアンタじゃない。人間のママが帰ってこない事にも、学校でいじめられる事にも、向き合おうとしなかったクセに。


 ──膝を抱えて、誰かが助けてくれるのをずっと待っていた──


《犯人は上の階にいる。ママの仇を討て》


 そうだ。

 今の私は一人じゃない。

 私はミュゼ君の近衛隊長なんだ!


 ママの、仲間の、仇を討つ。もうこれ以上好き放題にやらせはしない。私は猛スピードで廊下を駆け抜けた。


「……きゃっ!」


 階段を登り切った時、誰かとぶつかった。勢い余ってゴロゴロ転がり落ちてしまう。誰かが踊り場まで降りてくる。

 グルグル回る目で見上げる。

 ああ、この猫耳は見覚えがある。昨日庭で会った人だ。ミュゼ君を不思議ちゃんとか言っていた──。


「大丈夫かしら?」


 伸ばされた手を見て、一気に目が覚めた。

 袖に刺さっていたのは。

 白黒の針。


 ママを落としたのはこの女だ!


 私はバッと後ろに下がって、睨みつける。

 猫女は手を頬に当てて「あら」みたいな表情をした後、口を三日月にした。


「ケモノは勘が鋭いわね。そうね、赤ちゃんだもの、ママの元に送ってあげるわね」


 武器は持っていないみたい。楽勝だ。

 ヘビを倒した時と同じく突進からの前転攻撃を喰らわせてやる!

 名付けてローリングキラーアタック!


 ……は発動しなかった。


 私の体は踊り場にゴスッと押し潰された。

 なにこれ、なにこれ!

 体がものすごく重くて微動だに出来ない。いきなり背中に重石を乗せられたみたい。


「ヤマアラシの戦い方は単純ね」


 猫女は私を手のひらに乗せてルンルン鼻歌と共に運んでいく。ママと同じように落とす気だ。全力で抵抗するもジタバタ手足を動かすしか出来ない。


「無駄よ、私の魔法は重力操作。体重を十倍にしてあげたからね」


 どうりで動けないわけだ。

 階段を登り切った。まずいまずい。窓まですぐだ。先輩はミュゼ君の側を離れられないし、自分でなんとかするしかない。


「この人殺し! ヤマアラシ殺し!」


「あはは何言ってるか分かんないわ、許してね、これも愛のためだから」


 なーにが愛だ。それがどんなに純愛だろうとも

 赤ちゃんから母親を奪うような奴に正義なんかあるもんか!

 考えろ、考えろ、何かあるはずだ。

 体重が十倍になってるから……えーと……。

 小さくしても負荷は変わらないか。

 あれ、逆ならどう?

 窓のロックに指がかかる。もう考えている段階じゃない。ぶっつけ本番やってやるわ!


「ママの仇だああ!」


 体中に怒りのエネルギーが巡る。

 そして私は一瞬で巨大化した。猫女の手のひらの上で。廊下のタテヨコにピッタリはまる球体に。トゲで窓ガラスが割れた。

 猫女は悲鳴をあげる事もなく、廊下を赤いカーペットみたいに染め上げた。


 シュッと元のサイズに戻って現場から立ち去る。

 頑張ったからミュゼ君の顔が見たい。そろそろ目を覚ましたかな。先輩にも褒めてもらおう。階段に向かったタイミングで、隠れていた人物に捕まった。


「なんなのだ、このバケモノは。詳しく調べる必要があるな」


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