第6話 血にまみれたクリムゾン王家
冷凍庫の事件から一夜明けた現在。
高熱を出したミュゼ君のお部屋は、看護師さんが常に三人ついている。みんな心配そうだ。
「アンタのおかげで命拾いしたわ、ほんにおおきにありがとう」
「ごめんなさいね、大事な時に寝てしまって」
首を包帯でぐるぐる巻きにした先輩と、申し訳なさそうにハリを下げたママが現れた。傷の具合を聞いてから、意を決して告げる。
「私、ミュゼ君を守りたいです。このは隊に入れてください!」
「このえ隊や。もちろんええで、アンタになら隊長の座を譲ったるわ」
いいのかな、私コミュ障なのに。
委員長とか、班長とか、「長」が付くポジションには縁がない。いつもハブられてばかりで。
「私に務まるでしょうか」
「気負わんでええ。ウチは最年長として隊長やっとったけど、作戦立ててもうまくいかんかった。アニマル近衛隊は各自で好きに暴れんのが一番なんや」
リーダーシップはあまり必要ないと。
それならやれるかも。私は元気よく「頑張ります!」と告げた。
「メンバーもここにいる三頭だけだしね」
「ちょおアプリコット! スケールダウンするからやめてや。三十頭いる事にしぃ」
近衛隊は少数精鋭のようだ。
さて、そうなると気になるのは敵のことだ。
お風呂の事件を思い出す。
女の刺客は感電させようとしていたけど、湯船には冷凍庫に移動させる魔法陣が設置されていた。
犯人たちは誰が先に殺せるか競い合っているのかな、誰かに喜んで欲しくて?
「ミュゼ君が狙われる理由、教えてください」
「ほなな国の成り立ちから教えたるわ」
先輩はトンッと軽やかに本棚に飛び乗り、鼻の先で一冊を選んで床に落とす。地図のようだ。色分けされた五つの国の名前がある。
「むかーしむかし、広い大地と山と海を持つ豊かな王国があったとさ。けど五人の王子は非常に仲が悪く、それぞれ独立して五つの国を作った」
昔話っぽく話してくれて助かる。
先輩のお茶目さにフフッとなりながら続きを待つ。
「長男クリムゾンが、ウチらの暮らすこの国を作った。真ん中にあるから通称【センタークリムゾン】。ここを囲むように東西南北に国が配置されていった。彼は動物好きで、他の兄弟に忌み嫌われた獣人を保護してきた」
ケモノ耳のメイドさん達はコスプレではなく本物だったようだ。動物好きか、ミュゼ君みたい。
「年に一回、この城で五人の国王が集う日があるんや。平和を願って盛大な酒盛りをするゆうヤツ。
去年、そこで大事件が起きてもうた」
先輩は地図にキツネ肉球をペシっと当てる。
私は固唾を飲み込んだ。
「国王が全員、殺されたんや」
VIPが集まるのだから当然、食材のチェックも厳しく行われ、料理人も給仕係も信頼のおける人物であり、出入口は人間の近衛兵が守っていたらしい。
彼らの証言によると、談笑がパタッとやんだので不思議に思って中に入ったら首を切られて殺されていたそうだ。
「調査の結果、近衛兵が犯人ゆう事んなったわ。目撃者はおらん。所持レイピアから血液反応も出えへん。動機も無い。
けど全員投獄されてもうた。
戦争を避けるために、早めに解決したかったんやろうな」
本当に他の可能性は無いのだろうか。いきなり部屋の中に現れて、悲鳴を上げさせずに一気に殺害する──そんな方法は。
「大臣たちは他国からの批判を覚悟しとったが、みんな意外とドライやった。死体も受け取りに来んかった。かなり嫌われとったみたいやわ。
まあウチの王様も愛人に入れ込んで仕事をせんから批判されとったしな。
王座は長男スカーレットに移ったわけやが、突然の病で倒れてもうた」
「もともと病弱とかではなく?」
「健康そのものやったのに、体中にウロコみたいなアザが出て、生死の境を彷徨った。今も体がうまく動かんらしいわ」
花を持って行ったミュゼ君に本を投げつけて暴言を吐いていた《兄さま》の姿を思い出す。血のような赤い髪を無造作に長く伸ばしていて、沼の底のような目をしていた。
「代わりに継いだ二男は血に飢えたサディストでな。コロシアムで最後の一人になるまで戦わせたり、罪人に首輪をつけて山ん中を走らせて銃で撃ったりしとった」
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「兄さま、命をもて遊ぶような真似はもうおやめください」
「逆らうものは暴力で支配せよ、母の教えだろう。ミュゼルシェル。五男の分際で我に意見するな」
「昨日撃ち殺した少年は、病気の妹の為にトウモロコシを一本盗んだだけだったのです。こんな非道を重ねていてはやがて国民から強い反発を──」
「頭を冷やしてやろう」
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「ミュゼはんは高い塔に丸一日吊るされ、それを笑って見ていた二男は、ベランダから落ちて死んだわ」
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「三男はナルシストの浪費家でな、自分のための金ピカの豪邸を計画した。国民の税金を十倍にして」
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「兄さま、どうかお考え直し下さい」
「ミュゼルシェル……お前は私に似て美しい。だから一度は聞き逃してやろう。
私にふさわしい屋敷をお前も見たいよな?」
「今年は麦が不作だとご存知のはず。鶏卵も前年の七割ほど。増税しては大勢死んでしまいます」
「二度目だ。オシオキが必要だな」
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「ミュゼはんは地下牢に三日も閉じ込められ、三男は専用の浴室の中で出血多量で亡くなった」
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「四男は救いようのないロリコン野郎や。幼い少女を国中から集めて自分だけのハーレムを作った」
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「ミュゼルシェル。吾輩の姫達を勝手に連れ去ったのはキサマだな」
「ええ、親元に帰しました。小さい子に酷いことをするなんて……僕は兄さまを軽蔑します」
「キサマが妹だったら良かったのにと、思わない日はない。大人の女は嫌いだ……母上を思い出す!
生意気な弟はイチから教育せねば」
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「殴る蹴るの激しい暴行を受けたミュゼはんは全治半年の重症を負って入院し、その間に四男は体を穴だらけにして亡くなった」
全ての事件の犯人は見つかっていないらしい。
国王、上から順に退場していく王子たち、そして例外なくミュゼ君も狙われている。
「ミュゼはんの即位が決まった時、国中の民が号外を片手に歌い踊って喜んだ。数え切れないほどの見舞いの手紙とプレゼントが届いた。
やのに、他の兄弟がクズオールスターズやからか一括りにされて誰かに憎まれとるんかなあ。
ほんにええ子やのになあ……」
話を聞きながら、一連の犯人の姿をイメージする。
国王達のテーブルの下に潜んで、悲鳴も上げさせずに命を奪う。城内を自由に歩き回って王子たちを暗殺する──そんな犯行が可能なのは?
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