第5話 時間との戦い! 氷の牢獄でのヘビと対決
「このえへい……って、何?」
白キツネはヤレヤレといった様子で説明してくれた。近衛兵とは、王様に忠誠を誓い、その身を全力で守る職業であることを。SPということか。
「当のミュゼはんには認知されてへんけどな」
「どういうこと?」
「ウチらは第一王子スカーレットはんの命によりミュゼはんを守っとるんや。あん人、動物の言葉が分かるからな。表向きはペットとして、いざという時は命を守るようにと」
「いざという時って、さっきみたいな事がよくあるの?」
「刺客に狙われようなったんは最近や。それまではミュゼはん自身から守っとった」
「どういうこと?」
「ミュゼはんな、過去になんやあったらしゅうてすぐ死にたがるんや。特に年に一度ひどい日があってな。毎年こっちも命がけや」
白キツネはクリッとした赤い目を暗くした。
それと同時にお風呂場からドプンッと重たいものが落ちたような音がした。
「なあ、けったいな音せえへんかった?」
え、今のってもしかして事故だったりする? まさか足を滑らせて湯船に落ちた?
緊急ボタンのプアプアしたサイレンと一緒に、運動会のスターターピストルの音が聞こえた音がして、弾けるようにダッシュした。
体重をかければ開くタイプのドアで良かった。
開いた隙間から飛び込んだ先にあったのは、渦潮と化した湯船だった。さっきまで穏やかだったのに。
ミュゼ君の姿は見えない。
なんなのコレ。栓が抜けちゃったとか?
それだけでこんなグルグルにならないよね。まさか、この渦の中心は別の場所に繋がっている?
「魔法陣や、それもえろう巨大なやつ」
「ミュゼ君、さらわれたの?」
「そうや。どこ繋がっとるか分からん。ここは慎重に術者を探して──って、なにしとんねん!」
私は勢いに任せて渦に飛び込んでいた。
死んじゃうかもしれない。戻ってこられないかもしれない。だけど、この先にミュゼ君が居るのなら!
残り湯を使った洗濯機の中に入っちゃったみたいな、あたたかいグルグルは、永遠に続くかに思えた。
+++
落ちた場所は冷たくて硬い床。
ベチャッと叩きつけられて鼻血が出るかと思った。
ヤマアラシは鼻血を出すのだろうかと考えていたら、上から中身が詰まったランドセルが落っこちてきて背中に直撃した。
ぐえ、と胃の中身が飛び出しそうになった。
「いったあああ! ちょお、ヤマアラシ。トゲしまっといてや!」
「しまいかた分からない!」
「ハリに念じるんや、刺すな刺すな言い聞かすんや」
ランドセルの正体は白キツネだった。こっちも痛かったけど、あっちも痛かったらしい。
それにしても妙に息がしづらい。空気が重い。
「チェリー! ラズベリー!」
たぷたぷっという水音に振り向くと、タオルで腰元を隠したミュゼ君が宙に浮きながら駆け寄って来た。全身を薄い水のヴェールで覆っている。
その時やっと周りが見えた。暗くて冷え切った氷の世界。──ここは冷凍庫だ。
「来てくれたんだ。良かった……もうダメかと思った」
白キツネはピシッと背を正してミュゼ君に礼をして、ババッと部屋の隅に移動した。そして壁をよじのぼって通気口に入り込んだ。
あまりに手慣れた様子に驚く。どこかに閉じ込められた際のマニュアルでもあるのか、避難訓練していたのか。
白キツネのこと先輩と呼んで敬おう。
先輩は助けを呼びに行った。私は何をすれば──?
ミュゼ君を見てみると、両手を広げて微笑んでいる。
嬉しくて飛びつくと、水のヴェールはあっさりと私を受け入れてくれた。ミュゼ君の胸にぎゅうと閉じ込められる。
痛くないかな。刺すな刺すな私のハリ。
「チェリー……あったかい。体温を落とさないように水で体を覆ってみたけど、じわじわ冷えてきていたんだ。指先、動かなくなるところだった……」
彼の手が背中を撫でていく。毛の流れに沿いながらゆっくりと。心地いい……。ダイレクトに体温が伝わってくる。こんな時だけど恥ずかしい。どちらのものか分からない心臓の音がうるさく響く。
──あ、白い肌が小刻みに震えている。
顔を上げて見ると、形のいい唇が青くなっていた。
体を洗ってすぐ冷凍庫にワープさせられたのだろうし、あたたまる余裕が無かったんだ。よく見るとあちこち傷だらけだ。
ああ、先輩。おねがい早く誰か呼んできて!
その時、部屋の隅から何かが落ちるイヤな音がした。怖くてそちらを振り向けない。違うはずだ。うん、だって先輩は炎が使えるんだし。やられるわけが……。
「ラズベリー!」
私を抱きかかえたままミュゼ君が叫ぶ。
やっぱりかああ!
せんぱああああい!!
おそるおそる視線を向けると、ぐったりしている先輩の上からニョロンとした水色のロープが現れた。
ロープは無機質な大きな目をして、赤い舌をチョロチョロと出している。
現実逃避するわけにはいかない、これはヘビだ。しかも氷で出来ているボディの。冬眠しないタイプね。
生理的に受け付けないヌルリとした動きに寒気がする。
《まだ生きていたか。どれワシがトドメを指すとしようかの》
地の底から響くような低い声が這ってくる。
先輩がやられたから助けは来ない。
ミュゼ君の体温はどんどん下がっていく。
ヘビは気持ち悪い動きでどんどん近づいてくる。
私がやらなくちゃ。人間は的が大きかったから戦えたけど、小さいヘビ相手にどれだけ戦えるか。噛みつかれるのを避けて針を刺せるか。
イチかバチか飛びつこうとしたその時、ミュゼ君が耳元で囁いた。
「チェリーだけでも生き延びて。アプリコットと一緒に、元気でね」
言葉の終わりと同時に、水の球体に包まれた状態で私は通気口まで飛ばされた。
──そんな。
自分が死地に立たされている時に、どうして他人を心配できるの。こんなにも優しい王様を、どうして殺そうとするの。
──イヤだ。
──こんな運命、ミュゼ君が受け入れても、私が受け入れない。
体中に怒りのエネルギーが巡る。
私は背中の針を伸ばしてパァンと水の球体を弾き飛ばし、ヘビの背中に向かって突進する。
《はん、さっさと逃げればいいものを。バカなガキめ》
ヘビはこちらをグルリと振り向いた。このまま行けば噛みつかれて終わりだ。考えろ、何か方法はないか。
思い出せ、体育の授業を。
得意だったマット運動。何回もやった前転を!
「うらあああ!」
ハリを伸ばして回転しながら特攻し、ヘビの顔面に自分をこれでもかと突き刺した。くぐもった呻き声と共にビシッとヒビが入る。
私はそのまま回転し続け、串刺しにしたヘビの体を床に何度も打ち付けて、最後はドアに激突した。
氷のヘビは粉々になった。
ハアハア、息を整える時間は無い。まだ安全じゃない。ミュゼ君を救わなくちゃ!
「チェリー……どうして……」
私はミュゼ君を見つめた。言葉は通じないはずだけど、言いたい。胸に抱いた大切な感情を言葉にしたかった。
「あなたが好きだからよ」
私は照れ隠しに猛ダッシュして通気口に飛び込んだ。そしてメイドさんを冷凍庫に連れてくるのに成功した。
ミュゼ君は無事保護され、先輩も一命を取り留めた。
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