第3話 優しい王様の笑顔と涙

 美少年改めミュゼ君の手のひらに乗りながら、周りを見渡す。キレイに刈り揃えられた黄緑色の草原に、青々とした木々。澄んだ青空に、モクモクした白い雲。森の中に白い教会もある。


「兄さまへの土産はあの子にしよう」


 ミュゼ君が小走りで移動して、ヒマワリによく似た花を手折った。そしてパッと宙に浮かせたかと思うと、根元を水の球体で包み込んだ。

 ほうほう、花瓶いらずというわけね。

 ……ん?

 なんか当たり前みたいにやってるけど、これってもしかしたら“魔法”なのでは!


「僕は水と相性が良くて、出したり操ったりが得意なんだ」


 自慢げな笑顔もかわいい。

 なるほど生まれ変わり先は魔法の世界か。

 私も何か特別な事が出来るのかな、雷を落としたり、大きなものを持ち上げたり、空を飛んだりしてみたいな。


「また動物とお話をなさって……捨て犬や猫もすぐ拾ってきますし。だから不思議ちゃんと呼ばれるのですよ」


 お付きの猫メイドが盛大にため息をついた。

 そうか、私は今ヤマアラシだから人間と話せないのか。試しに「こんにちは」と言ってみたけど、笑顔を返されただけだった。

 

「この子達は頭がいいんだから。ちゃんと言葉を理解しているよ、ね?」


 私はコクリと頷いた。

 ミュゼ君は「やっぱり」と嬉しそうだ。

 鼻歌まじりにヒマワリを顔の前に持ってこられたから、クンクンと鼻を寄せた。夏の匂いがする。


「スカーレット兄さまは、重い病気で外に出られないんだ。だからお日様のエネルギーを蓄えている子をお部屋に飾ってさしあげようと思って。早く元気になって欲しいな……」


 ミュゼ君の整った横顔に、風がさあっと当たる。

 キラキラした金色の前髪が揺れて、寂しそうな水色と黄緑色の目が見え隠れした。


 +++


 猫メイドにより開かれたお城の扉をくぐると、たくさんの人が駆け寄ってきた。メイドさんだけでなく執事さんもいる。【やりたいことノート】に行きたいと書いていた、秋葉原と池袋の光景だ。

 もしかしてアイドルも居たりして──。


「「「みゅぜさまー!」」」


 小学生ぐらいの元気な子供達が現れた。帽子から靴までお揃いで、色だけが違う衣装。予想よりかなり若いけど、まさに、アイドル!

 キラキラした笑顔がめちゃくちゃ可愛い!

 赤い衣装を着たとびきり可愛いウサギ耳の女の子が前に出て、鞄から出した手紙をミュゼ君に差し出した。


「私たち、今度の舞台で前座を務める事になりました。それで、あのっ」


 ミュゼ君は私とヒマワリを宙に浮かせてしゃがみこみ、緊張して震えている女の子の手を取り、視線を合わせた。

 女の子はケチャップを頭からかぶったみたいに真っ赤になった。


「僕を招待してくれるの?」


「は、は、は、はいっ、ぜ、ぜひっ!」


「ありがとう。そんなに緊張しないで大丈夫だよ。もし失敗しちゃっても、悪く言う人がいたら僕が怒ってあげる」


 女の子が赤い塊になっているのは緊張からではなくミュゼ君にドキドキしているからだと思う。

 さては初恋キラーだな彼は。

 招待状を懐にしまい、私と花をフワフワ浮かせたままミュゼ君は歩き出した。新作の服を体に合わされたり、新作のスイーツの味見を頼まれたりしてから、会議室っぽい部屋に入っていく。

 立派な机の上に大量に積まれた書類に目を通し、秘書っぽい人達の報告を聞きながら、羽ペンでどんどんサインをしていく。


 ふわふわ浮かびながら、壁に飾られた肖像画を見ていく。ミュゼ君に、赤い髪のヒゲのおじさんはお父さんかな。赤い髪の男の子が三人。プラチナブロンドの超美形が一人。

 みんなお兄さまなのかな。

 ……あれ、王妃様の絵がない。離婚して外されちゃったとか?


 仕事を終えたミュゼ君は廊下に置かれた大きな小屋にママを入れて、部屋に入るとすぐにベッドに倒れ込んだ。頭からボフッと煙が出ているように見える。


「はぁ、つかれたあ……」


 私はミュゼ君の真っ白な枕の上に着地し、頭をなでなでされた。包み込まれる感じで、あたたかくて気持ちがいい。


「……王様やめたい……僕は全然ふさわしくないのに……」


 辛そうな呟きと共に、眠りについた。

 ひどくうなされている。わずかに聞こえた寝言は「ごめんなさい、かあさま……」だった。

 夢の中で叱られているのかな、可哀想。

 疲れているのだから寝かせてあげた方がいいのかと悩みつつ、ペシペシ頬を叩いた。


 目を覚ましたミュゼ君は「よっ」と短い掛け声と共に立ち上がる。


「兄さまにお花を届けなくちゃ」


 +++


 スカーレットの部屋には入れなかった。

 鍵がかかっていて、部屋の前に空の食器が置かれている。これは闘病中というよりも、引きこもりの方が近いように感じる。

 ミュゼ君がドア越しに声をかけると、怒声が返ってきた。


「余は気分が悪い。何用だ!」


「僕、兄さまに早く治って欲しくて。お花を」


「いらぬ!」


 ドアに何がが当たった音がした。

 ミュゼ君は悲しそうに目を伏せて、食器の横に置かれた紙袋を手に取って中を覗く。


「兄さま、お薬が全然減ってないよ」


「必要ない。どうせもうすぐ死ぬんだ!」


「そんな、兄さま……」


 私はムカツキが頂点に達して、ミュゼ君の手から飛び出してドアに突撃した。病気でイライラしているにしても酷すぎる!

 するとドアがわずかに開いて、隙間から現れた杖で殴り飛ばされた。

 まるでゴルフボールみたいに。

 ミュゼ君が咄嗟に水でガードしてくれたから壁に激突するのは何とか免れた。危なかった。誕生日が命日になるところだった。


「ひどいよ! この子はまだ赤ちゃんなのに!」


 私を胸に抱いて走り出したミュゼ君の目からボロボロと涙がとめどなく溢れていく。

 手を伸ばしたけど、ヤマアラシの手じゃ短かすぎて全然届かない。涙を拭うことも、ハンカチを渡すことも出来なかった。


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