第2話 大勢の中で孤独死、そしてヤマアラシに転生

 私は通学中、階段から落ちて死にました。


 歩道橋から降りる時にイヤホン男にぶつかられたんです。

 皆さん、ながらスマホは本当にやめましょう。殺人犯になる覚悟はおありですか。


 アスファルトに頭から叩きつけられて、スイカが割れたみたいな音がした。だけど誰も気づかなかった。いまどき重要な情報はスマホの中にしか無いものだから。


 スマホのカメラロールみたいに思い出の映像がシャッシャッと目の前を流れていく。

 悪口で汚れた机。飛んでくるボール。落ちてくるバケツ。自分からぶつかっておいて「消毒しなきゃ」とか言う男。見て見ぬふりの賢いその他大勢。

 

 ジリジリと照りつける太陽の下、背後から蹴られながら強制的に聞かされる校長の話。【スキップする】ボタンはどこですか。「我が校にいじめはありません」全否定ですか。


 みんなみんな大嫌い!

 ドクズのクラスメイトも、何もしてくれない先生も、ママを捨てたパパも、私より彼氏が好きなママも!


 視界がだんだん白くなっていく。私、もう死ぬんだ。せめて高校生になりたかったな。

 私の人生なんだったの。最期に会いたい人もいないなんて……。


 神様、お願いします。

 生まれ変わったら、誰かを全力で好きになりたいです──。



 +++



 あたたかいお布団の中から、ぽいっと放り投げられた。

 なんだ夢か──焦ったなあ。

 あれ、フローリングじゃない。視界がボヤけてよく見えないけど草の上っぽい。なんで外で寝ちゃったんだろう。

 なんとなく西洋風のお城の屋根が見える気がする。うちの近所にお城なんて──ふっと浮かんだ良からぬ想像をかき消すように顔をモフッとされた。

 うーん……あったかーい。

 なんだかいい匂いがする。クンクン鼻を鳴らして探すと、おっぱいがあった。そうか私は死んで生まれ変わったんだ。赤ちゃんなんだからミルク飲まないと。

 ううん、歩きにくい〜足がもつれる。

 よし到着した!


 涙が出るほど美味しい!

 給食のイチゴのミルメークが入った牛乳をあたためた感じ。甘くて幸せ〜! お腹いっぱい飲んで幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。

 新しいママ〜!

 モッフモフモフ……シャキーン!

 ん、なにこのトゲトゲ部分。白黒でめちゃくちゃ鋭いんだけど。しかもいっぱい生えてるんだけど。

 そ〜っとママの顔を探す。


 ネズミ!?


 いやカピバラかな。でもカピバラって茶色のイメージだけど、この生き物は黒い。なによりトゲがいっぱい付いてる。じゃあハリネズミかな。なんか質感が全然違うような?


「わあ、ちょっと目を離した隙に赤ちゃんが生まれてる、かわいいな」


 男の子の声がして、私の体はひょいっと持ち上げられた。きゃー人さらいー! じゃないや、えーと私なんなの。とりあえず哺乳類だ、哺乳類さらいー!


「初めまして、ヤマアラシの赤ちゃん。まだトゲが硬くないから抱っこ出来てうれしいな」


 両手で包まれながら誘拐犯と目が合う。

 美少年だ。

 年齢は12、13といったところ。

 鮮やかな金髪に、水色と黄緑色が混ざったようなキラキラした目。絵か洋画から抜け出てきたみたい。


 美少年はしゃがんで一度私を降ろした。

 ママはキュウキュウ鳴きながら美少年にすり寄って、伸ばしされた手に頬をくっつけてスリスリしている。


「アプリコット。よく頑張ったね、お疲れ様」


 懐から取り出した青リンゴをもらったママはモグモグとかじりつき、美少年はこちらを振り向いて、幸せそうに微笑んだ。


「生まれてきてくれてありがとう」


 それは、ずっと欲しかったもの。

 ケーキがなくても、プレゼントがなくても、それだけでいいと思える、何よりも嬉しい言葉。


 ぼうっと見とれていたら、ガサガサッと物音がした、木の影からヘビが現れた。ぬるりとしたボディでにじり寄ってくる。

 私は美少年の腕の中に閉じ込められた。

 あわわ、あたたかくていい匂い……男の子に抱きしめられたの生まれてはじめて。

 ママが立ち上がり、キュウキュウ鳴きながら背中のトゲを鋭く立てて、ヘビに突撃して行った。


 シャーという叫び声から繰り出される噛みつきをヒラリと避けて、ママは背中のハリでヘビを突き刺した。

 ビクビク震えて、そのまま動かなくなったヘビを置いて戻ってきたママに、美少年はたくさんの感謝の言葉を贈った。

 そこへ猫耳のメイドさんが猛スピードで走ってきた。


「お怪我はございませんか!」


「大丈夫。アプリコットが守ってくれたから」


「お兄様が立て続けに三人も亡くなっているのですよ。出歩くのはお控えください!」


「ごめんなさい。どうしてもジャーキーのお墓参りがしたくて」


「ペットを大事にするのは結構ですが、そろそろご自分の立場をご理解頂きませんと!」


 私は美少年の胸元にしっかりしがみついていた。彼が手を離しても落ちないぐらい。

 体育で登り棒が得意だったのよ。まだ状況がよく分かっていないけど、さっき守ってもらえて嬉しかった。今度は私があなたを守りたい。


「気に入ってもらえたみたいで嬉しいな。僕はミュゼルシェル・クリムゾン。この国の第五王子」


 メイドさんの咳払いが一つ。

 彼は困ったように眉を寄せて続ける。


「……兄さま達に色々あって、今は形ばかりの王様だよ」


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