第12話 サクラ咲く京都

 惨敗を喫したナリブー年末連戦の話題も尽きないままで明けた1996年。この年も大久保厩舎にとっての目標はもちろんG1制覇。

 マスコミ各社が取り上げるナリブー評はどれもが『もう終わった馬』感が漂う記事ばかりで、著しいものではなかった。

 この時の関係者の胸中はどのようなものだったのだろうか。あまり報道や記事にもなっていないが、たった一つだけ関係者の話で在るが当時「全く気にしていない。ウチはウチ」と語ったものが有る。


 そんな色々な場所で、場面で期待と不安をその背に背負ったナリブーは、この年の緒戦にまたも阪神大賞典を選択された。

 前年度では兄のハヤヒデとの比較にも評されることが多かったこの阪神大賞典だが、この年は逆の現象が起きた。それはナリブーvs○○ではなく、前年度の年度代表馬マヤノトップガンvs○○という図式である。

 

 マヤノトップガンは、前年にナリブーが敗れた有馬記念を勝っているが、同年に行われた菊花賞も獲得している。

 特筆すべきなのはその勝ち方。作戦という概念がないとも言わしめたその脚質である。競馬雑誌には「変幻自在の脚質」とも明記され、その言葉が代名詞ともなった。


 この当時はその脚質の事もあり、歳の差も踏まえたうえでトップガン優勢の声が高いままに3月9日、阪神競馬場にて両者は激突する。


 レースは3000mレースとは思えないほどに、早くからこの2頭によるマッチレースの様相だった。この2頭に追いつこうとする各馬をあざ笑うかのように、この2頭だけが別の世界で飛んでいるような感覚がした。


 道中から両者ともに一歩も引かない、本当にマッチレースでそれは最終4コーナーを回っても変わらず続いた。しかし1ハロン手前からスッと前に出たナリブーに対して、半歩程遅れたトップガン。レースはそのまま差が詰まることなく並ぶようにしてゴール板前を駆け抜けていった。


 勝っていたのはナリブー。これが同馬には1年ぶり勝利であり、そして阪神大賞典連覇を成し遂げた記念すべき勝利となった。


 この結果によほどうれしかったのか、大久保氏は「手に汗握るほど興奮した。たとえ(ナリブーが)負けたとしても素直に勝った馬をほめていたと思う」と話し、当時の調教助手であった村田氏も「あんな姿のナリタブライアンは初めて見た」と語っている。

 

 残念な話になるが、このレースの事は『日本競馬史上の名勝負の一つ』と称えられる一方で、『名勝負ではない』『ただ2頭のチカラが抜けていただけ』とする意見も多い。


 これは個人の好き嫌いが反映されもするので、何とも言えないところではあるが、個人的には『日本競馬史上』は付かないまでも『名勝負』の一つであった事は間違いないと思う。

ファン心理とはいかなる場面でも贔屓ひいきにしているモノを勝たせたい・上にみたいものである。


 阪神大賞典において前年の年度代表馬を相手に勝った事で、ナリブーは『復調した』と印象付けることに成功した。力負けしなかったことが評価されての物だったが、実際にマスコミなども掌を返したような記事ばかりが並んでいる。


 この勝利を足掛かりにして、尚も実績を上げるため選択した次レースは、前年度に出走が叶わなかった天皇賞・春を選択。鞍上も南井氏に戻って関係者からも大久保氏からも自身のコメントが出されている。


 ナリブーも調教の動きも良く、体には張りもあり毛艶も良好。負ける要素の無かった4月21日に施行された天皇賞・春。

 だれもがナリブーの復活劇を、G1タイトル獲得をする場面を目の前にして見たいと願った。

 いつものようにレース終盤にスッと抜け出す盤石の構えを見せるナリブー。その後ろには誰もいないと思われたのだが、なんとその外側をナリブーを上回る脚色を見せ、一瞬のうちに抜き去っていく一頭。ナリブーも南井氏のゲキに応えるように脚を伸ばすが、結局捕まえることのできないまま先着を許した。


 その競走馬の名はサクラローレル。素質の高さは条件戦時からしれていたが、距離適性とレース距離に苦しみ、勝ち上がりが遅くなっていた素質馬の一頭であった。

 

 古馬最高峰ともいえる天皇賞の盾は、またしてもナリブーの目の前からスッと消えていった。

 

  大久保氏とナリブー陣営は、この後のレースに前半戦の祭典である宝塚記念を明言する。実際には天皇賞・春の後のG1レースは安田記念があるものの、ナリブーの距離適性を判断して選択されたもの。


 余談にはなってしまうが、実は作者自体の個人的な意見としてとして聞いて欲しいのだが、ナリブー自体の適正距離は関係者や評論家の言っている距離であるモノではなく、実はマイルから2000mではないかと思っている。


 確証的根拠を出せと言われると苦しいが、当時も現在も実は父であるブライアンズタイムは2000m以上の距離で活躍する仔を出していない。出していないは言いすぎだが、それでもそれ以下の距離で良く走る仔が多い。パシフィカスの方も実はその傾向があったようで、同じように出ていない。


 しかもブライアンズタイム産駒はどちらかというと、芝よりもダートに適性が在る仔が出る傾向が強い気がしている。実際にも地方競馬において同馬の産駒は活躍するケースが多かった。

 以上の事により、作者はそう思っているのだが、当のナリブー自体の勝鞍を顧みると、実は自在性もあった馬なのかとも思ってしまう。


 当時は短距離戦よりも中・長距離戦の勝鞍がある競走馬が評価されていた時代。


 現行されているプログラムにおいてナリブーはどのような活躍をしてくれるだろう……などという妄想を独りで楽しんでいる。



※後書き

お読み頂いた皆様に感謝を!!


 分からない競馬用語等ございましたらメッセにてお寄せください。m(__)m

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