第11話 苦闘

 9月に栗東に戻ってきたナリブーではあるが、怪我の状況もあり様子見がてらの調教が続いた。これは約1か月の間繰り返し行われてきたが、怪我の後の影響がどうも思わしくなく、積極的に強め、やや強め、一杯などという調教が行えなかった。そうこうしていると、周りが騒ぎ始める。マスコミは壮んに『ケイコ不足』や『動きが鈍い』などと報道することが多くなっていた。


 これは三冠馬としての宿命だとも思う。期待されているのだから仕方ない。なまじ実績がある事で、周りが期待してしまい、関係者もそれに合わせようとしてしまっても、その行動原理を責められはしないだろう。この時に外野の声を考えることなく、じっくりと怪我が癒えることを待つことが出来れば……。と考えてしまうのは自分だけだろうか?


 ナリブーの関係者もジレンマを抱えていたのではないだろうか? レースには出したいが、この調子のままでは出したくないと。


 しかし思惑はどうあれ、厩舎は決断を下す。ナリブーの復帰初戦にいきなり天皇賞・秋を指名したのだ。


 このローテーションの組み方について、マスコミの批判の的になってしまった。


 実を言うと、ナリブーのローテーションを巡る批判は、この時に始まった事では無い。レースに出しすぎという批判は3歳(2歳)時から常に大久保氏や厩舎関係者の周りでは『常』なことになっていたのだ。この批判は本格化したのが共同通信杯に出走したころから。しかし京都3歳(2歳)Sに出る頃にはすでにこの話題は燻ぶり始めていた。


 こうしたマスコミなどから上がる批判を、大久保氏は真っ向から否定・反発する。ナリブーの取材に訪れたマスコミに関しても取材拒否をしたりするなど、対決姿勢ともとれる姿勢を向けて両者の関係は決して『良い』とはいえるモノではなかった。


 余談ではあるが、当時騎手であった岡部氏が「故障を発症したのは3歳時(2歳時)のきついローテーションのつけが出たんじゃないかな」と語っていたのに対して、大久保氏は「レースに出すことによって馬を強くしている」という持論を貫き、このローテーション批判に関して一貫して説いている。


 話は天皇賞・秋時に戻る。


 ナリブーは予定通りレースに出走。1番人気に支持はされたものの、いつもなら『そこから伸びる』という位置にいたのにもかかわらず、なんとそのまま失速。結局は12着という惨敗を喫した。


 その後、ジャパンカップと、前年度からの連覇のかかる有馬記念に人気投票によって出走したが、ジャパンカップも体調不良からか伸び脚を見せることなく6着、有馬記念は復調を想われる動きを一瞬見せる場面もあったが、競り負ける形で4着に沈んでいる。


 この当時のナリブー敗戦の事を、競馬評論家・大川氏は「まさか体調不良のまま出走させてくるとは思いませんでした。これは明らかに調教師の責任」とまで言っている。

 

 ローテーション批判は更にヒートアップしていくことになる。


 因みに天皇賞・秋では鞍上が変わり、的場均氏に。ジャパンカップと有馬記念は武豊氏になり出走している。

 南井克己氏はというと、天皇賞・秋の2週間前になるが、レース出走前のゲート内にて、騎乗馬から落馬。右足関節脱臼骨折というけがを負い、全治4か月の重傷と診断されこの年のナリブーの騎乗は不可能となっていた。この時騎乗していた馬は500万下条件馬のタイロレンスである。


ジャパンカップ出走時のエピソードとしてだが、騎手であった岡部氏は「ブライアンに関して言うと全然覇気が無かった」と語っており、体調の悪さは観ただけでもわかってしまう程のものだったことが伺える。そして日本の代表馬として迎え撃つ形のジャパンカップ出走時に関しては、同レースにてランドに騎乗したロバーツ騎手がレース後に、「今日のナリタブライアンはいつものブライアンじゃなかった」と話し、「本来の彼を知っているだけに本調子だったら適わないだろうと思っていた。でも今日は彼じゃなかったので、関係者の皆さんファンの皆さんには申し訳ないが、敵じゃないと思った」と答えている。


 この現行古馬秋古馬三冠において騎乗した的場氏と武豊氏は共に、「途中までは良かった」と評している。しかしどちらの騎手も「途中で止まってしまった。手ごたえがなかった」と回顧している。


 このことについて大久保氏もレース後には顔をしかめたままで、「加減して走っているみたいな感じ。自分でブレーキを踏んで走りたくないと言っているようだった」とコメントした。


 こうしてこの年は良い事の無かったナリブー。この成績が後に陣営とマスコミを混乱に陥れることになることを、この時は誰も想像していない。



※後書き

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