第10話 アクシデント
有馬記念という大一番を終えると、有力馬は軒並み短期休養に入ったりして、その疲れを取るためのリフレッシュ期間に当てられ、3月をめどに動きだすことが多かった。この当時はまだ大阪杯はG2だったし、天皇賞・春へのステップレースとしての位置づけだったので、そこまで無理に使う事を優先するような事は無かった。
誤解を生まないように書き留めるが、有馬からほぼすべての有力馬たちが休養に出ていたわけではない。1月からはもちろん日経新春杯G2など重賞もそろっていたので、路線的に有馬に間に合わない競走馬や、人気投票に漏れた競走馬、獲得賞金が心もとない競走馬は、精力的に活動をしている。
現行のプログラムでは大阪杯がG1へと昇格し、距離体形的にも獲得賞金的にもローテーションは馬の個性に合わせられやすくなったが、ナリブー現役時代は天皇賞が一つのステータスであったので、春も秋も天皇賞を目指すのが主流を占めていた時代でもある。
1995年、5歳(4歳)となったナリブー陣営も、春の目標は天皇賞へと絞り込んだ。同僚馬やほかの有力馬が軒並み休養に入る中、ナリブーは厩舎に留まり、調整を続けることになっていた。
年明け緒戦を2月開催の大阪杯G2へと定めていたからある。
しかし大久保氏の「休み明けはゆったりとブライアンのペースで仕上げたい」という意向が働き、2月の23日から調教が開始されることになった。因みに大阪杯は施行を遅らせて4月に開催されている。
というのもこの年は、1月に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生していたため、その復興などの影響により、すべてのプログラムが停止または延期を余儀なくされたからだ。
大久保氏の意向と震災の影響を考慮したうえで、ナリブーの次走は阪神大賞典に変更されることになった。更にここで大きな話題がもう一つ競馬界を賑わす頃になる。何とマスコミが『ブライアン6歳(5歳)になったら海外遠征か!?』と報じたのだ。
どこから洩れた情報なのか、今になっては分からないが、この報道はスポーツ紙だけではなく、全国紙にまで拡大し広まった。
ここで厩舎側からの反応は一切なかったので、本当のところは分からないままである。
同年3月12日に施行された阪神大賞典G2において、予定通り出走してきたナリブーは前年度の人気が落ちることなく、断然の1番人気となる。この時の人気は馬券が物語っている。人気がありすぎて単勝が元返しとなったのだ。つまり100円かけても100円しか戻ってこないのだ。
人気にも後押される形になったナリブーは、生涯最速の上がり(3ハロン33.9秒)というとてつもない脚力を見せつけ、最後の直線で先頭集団から抜け出すとそのまま独走。緒戦を見事に飾ってみせた。大久保厩舎スタッフ皆さん安堵した事だろう。
しかし良い事ばかりはそう続かない。
何と阪神大賞典出走から11日後の事。獣医師から「腰に張りがある」と診断を受ける。ここからナリブーの戦績に影が落ちてくることになるのだが、この時はまだその兆候が見えただけで誰も気に留めていなかった。
ナリブーの体調を加味しながら腰に疲労が蓄積しないようにと気遣いながら調教を進めるスタッフ。天皇賞・春も近づいてきたことから軽めの調教に切り替えて様子を見ていた。
しかし、4月7日に調教をしていたスタッフが気づいた。故障を発生したのだ。獣医師の診断は右股関節炎というモノで全治は2カ月と下り、天皇賞・春への出走はこの時点で絶望になった。
この故障を受けて、ナリブーは1か月の厩舎静養の後、急遽生まれ故郷である早田牧場新冠支場へ移動になりそこで静養を送り、7月には函館競馬場へ移動。それから函館競馬場内で2か月間の調整調教をされることになった。
当時この時の様子を取材していた方々からは、調整の遅れを指摘されているコメントが多い。
それはこの時行なわれていた調教が引き運動だけだったからである。引き運動とは馬に騎乗せず、手綱をもって引き歩きさせる運動の事で、調教というよりも調整として用いられることが多い。
この時ちょうど函館競馬場に来ていた岡部幸雄騎手は、ナリブーの事を見て「もう復帰は無理だろうなと思った」と語っている。
ナリブーはこの時、競馬開催中の函館競馬場にて昼休憩時間にパドック内を周回するというお披露目という名のファンサービスも行なっている。三冠馬を間近で見れるという事もあって、パドックには大勢の観客が詰めかけた。
そんな生活を送っていたナリブーは9月、復帰をかけたレースに臨むため、栗東トレセンに戻ってきたのである。
※後書き
お読み頂いた皆様に感謝を!!
作中には競馬用語が出てきますが、良く分からない方もいらっしゃると思います。
そんな時はお気軽に作者までメッセでもいいので聞いてください。
なるべくは感想欄はそのようなことに使いたくないので、よろしくお願いしますm(__)m
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