第7話 刺客

1994年10月16日、場所は阪神競馬場で行われた京都新聞杯G2。この日ファンはもちろんナリブーの勝利を疑っていなかった。その一方で競馬関係者の口からは「ブライアンが負けるのであればこのレースしかない」や、「勝つチャンスがある馬はこの馬しかいない」などと囁かれていた。しかしよく考えてみて欲しい。別にナリブーはこの時に無敗でいたわけじゃない。前述にも書いたが『勝つときは圧勝、負ける時は惨敗』をしてきた馬なのである。この日はしかもトライアルで有り、菊花賞に優先出走権が得られるのは3着まで。つまり負けても問題はないのだ。

 しかしそんな事をファンは望んでいないだろうことは分かる。この日の朝、競馬場が開場する前から列をなしていたファンからは多数の肯定派と、少数の否定派が言い争う姿も見受けられた。そのくらいナリブーはファンにとって期待されていたのだ。どちらの意味でも。


 そしてレースが近づくにつれてさらに上がるボルテージ。競馬場の中も外も異常なまでの熱気に包まれていた。


 当のナリブーだがこの日のパドックでは珍しいほどに落ち着いていた。若干の発汗などは観られたが、それでもダービー前ほどのものではなかった。


 迎えた発走時間、ついに三冠に向けて走り出したナリブーだが、この日は今までのような先行策にもかかわらず、反応があまりよさそうに見えなかった。しかしタイム的にはしっかりと平均ラップを刻み、淡々と前をうかがう姿勢を見せている。いつものナリブーなら3コーナーの入りから仕掛けていくのだが、この日は反応が鈍い。3コーナーを過ぎてもまだもたついていた。すると先頭集団は固まってくる。こうなってくると憶病なほどに繊細なナリブーはたまらなかったと思う。

 4コーナーを過ぎて、先頭の塊からスッと抜け出すいつもの姿勢を見せるものの、鞍上の南井氏が振るう鞭への反応も悪くいつもの伸び脚が見えない。

 すると其の隙をついて内ラチ沿いをするすると伸びてきた一頭に並びかけられ、そのまま抜き去られると、差が詰まることなくゴール板の前を駆け抜けていった。つまりは敗れてしまったナリブーであった。


 この時、先着し勝利を飾った競走馬の名はスターマン。後に漫画になったり、新聞各社に取り上げられたりと、名前のような存在となる。そして三冠ロードのクラシック戦線においてナリブーが唯一先着を許した競走馬として、今でも語り継がれている。


 因みにこのスターマンだが、競馬関係者の口から出ていた『勝つチャンスが――』という競走馬候補の中には入っていた。この日も差があるものの3番人気とまずまずの評価をされていた。実はこのスターマン、このレースの前の神戸新聞杯G2も勝っている。同年の鳴尾記念G3も勝っているが、とうとうクラシックには手が届かないままだった。


 話はナリブーに戻ろう。

この敗戦にも、大久保氏やナリブー陣営は特に気に留めた様子もなく、レース後のインタビューなどにも淡々と答えている。もしかしたら予想された範囲内での敗戦の仕方だったのではないだろうか。逆にテンションの上がりすぎるナリブーにはちょうどいいと思っていたかもしれない。当時の事に関してこの時の敗戦を語った物がないため、確認しようが無いが、大久保氏と陣営の思い描いていた通りの結果になっていたとしたら、それはそれでドラマの一旦だったのかもしれない。


菊花賞へ向けての一叩きと捉えられ、関係者の中では2着だし悪くないと判断されて行った。その後も体調を追う取材なども増えますますヒートアップしていくクラシック戦線。


 そしてついにその日を迎える。


 1994年11月6日。場所は移して淀の坂で有名な京都競馬場。この日は朝から天気が良くなく、発走前の15時には天候は小雨と発表されていた。

 実はナリブーであるが、レースの日は天候に恵まれてきたという事もあり、馬場が荒れている開催日を送ることがほぼないままでいた。

 この日の馬場は稍重発表。どこまでナリブーの脚が使えるかという事が焦点になったりもしていたが、実は作者である自分は全くと言っていいほどその点に関しては心配していなかった。

 

 余談になってしまうが、実はナリブーの父ブライアンズタイムは芝で走るという印象よりもダートでこそその力が発揮できると思っていたから。それもそのはず、ブライアンズタイムはダート競馬の本場アメリカ出身であり、重賞勝利の実績もある。しかも母であるパシフィカスも欧州産の重い血統として知られている。この重いとは馬場の事では無く、繋いできた血統の深さで有り重さの事。欧州は芝の長さが日本と比べて長く、体力を使うレースが多い。しかも主流はクラシックディスタンス。その血統を持つ両馬が父母なのだから、ナリブーもそこまで気にはしなくてもいいだろうと、個人的には思っていたのだ。


 ファンにはそれぞれに想いがある。買う馬券にもその思惑が乗る。この日の京都競馬場に集った何万という人々は目の前で三冠馬誕生か、それとも敗れ去るのかというどちらかの想いを持ったうえで馬券を握り締めた事だろう。自分もその一人なわけだが。


 そして時は過ぎ。本馬場入場も終わってから数十分。


 時計は15時35分を指し示す。G1特有のファンファーレが流れ終わり、大きな声援の飛び交う中で菊花賞の幕が上がった。



※後書き

お読み頂いた皆様に感謝を!!


 作中には競馬用語が出てきますが、良く分からない方もいらっしゃると思います。

 そんな時はお気軽に作者までメッセでもいいので聞いてください。

 なるべくは感想欄はそのようなことに使いたくないので、よろしくお願いしますm(__)m

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