第4話 見すえるモノ

 年をまたいだ1994年。とうとう4歳(3歳)となったナリブー関係者は、朝日杯の実績で弾みをつけ、目指す目標をしっかりと定めた。そう東京優駿(日本ダービー)である。しかし関係者の中には誰一人三冠を獲るなんてことは考えていなかったと関係者は後に語っている。あくまでもこの時点の目標はダービーだった。


 その初戦に選ばれたのは日本ダービーと同じ東京競馬場で行われる共同通信杯4歳S(現行共同通信杯・トキノミノル記念)。これは大久保氏の「東京競馬場を経験させておこう」という意向から組まれたレースだった。このレースではなんとナリブーはいつもの『先行』という作戦ではなく、『差し』を用いてきた。


 先行というのは簡単に説明すると、先頭を走る逃げ馬の後3,4頭目ポジションにて走らせる作戦の事。これは憶病な馬や神経質な馬等に多く用いられる作戦で、どうしても場群に入ると怯んでしまうような馬に多く用いられる。かといって簡単ではない。馬の先行力は必要になるし、体力的にも使う。そして何より先頭を走る馬を躱していけるだけの脚力が必要になるので、仕掛けどころによっては惨敗もあり得る。しかしナリブーは前述した通り憶病な馬である。いくらシャドーロールを付けているからと言って、毎回うまく作戦がはまるとは限らないのだ。

 

 しかしこの日に取られた作戦はその先行ではなく差し。これは群の中でジッと耐えつつ先行勢が崩れる3~4コーナーで仕掛ける作戦。勿論足の速さがモノを言う。2月14日に行われたこのレースでは作戦の妙などどこ吹く風という程の脚色を見せる。最後の直線でじっと耐えたナリブーは最後の直線が終わりに近づいた時にはすでに先頭に並びかけていて、あっという間に置き去りにした。そのままゴールを駆け抜ける圧勝を観客に見せつけたのである。


 実はこの前の日には兄であるビワハヤヒデが、別場開催の京都で京都記念G2を勝っており、兄弟による連日の重賞制覇という偉業も成し遂げている。


 ここまでほぼ休みを挟んでいないナリブーであったが、次に選ばれたレースはスプリングステークスG2であった。

 ここにも大久保氏の思惑が働いている。すでに賞金額的には十分にクラシックに参戦できるほどのものが有ったが、第1戦である皐月賞前にもう1戦するという決断をする。これは前述のナリブーテンションアゲアゲ問題解決の為であった。


 そしてスプリングステークスを迎えるのだが、このレース特に見栄えする事の無いレースとなり、いつもの作戦通りに進むとおもわれたこのレースだが、なんとこの日の作戦はナリブーの代名詞とされてきた先行ではなく追い込みだった。それだけでもすでに観客席からは絶叫ともとれる声援など、色々な声が響き渡った。


 そんな観客席の事などとうのナリブーは気にしていなかった。

 レースでは3コーナー進入までじっと最後尾で耐えて、コーナーに入ると同時に進出開始。すると前方にいた馬をモノともせずにまくりきって勝利してしまった。


 この時点で、それまで安定していなかったナリブーの人気は不動のものとなって行く。朝日杯終了後も候補の一頭だったナリブーはスプリングステークス終了時点で、競馬関係者からも三冠が狙える器という評価に変わっていた。



 

 こうなってくるとメディアにも取り上げられる事が多くなり、注目の一頭となって行く。その人気の表れが皐月賞へと流れ込む。


 それまでレースのオッズでは2.0倍程度を行ったり来たりしていたのに、この日はなんと単勝支持率が49.8パーセントを記録。単勝人気は一気に1.6倍にまで上がり、堂々の圧倒的1番人気となった。


  そんなナリブーだがいつもと変わらない所を見せる。それはパドックでの事。いつもよりも数割テンションが上がっていることが見ただけで分かり、この時点で発汗もすごいものになっていた。

 しかしレースになるとピリッとしたところを見せるのがナリブーのすごいところで、この日は先行の作戦の元、南井騎手の騎乗とリズムも良くレースは残り半周。この時のタイムはそれほど目に視えて早いものでは無かったが、タイムが表示されるとどよめきが一瞬起きる。それは限定戦以上のレースにおけるタイムと遜色の無いモノだったから。そしてそれ以上にナリブー自身の表情も穏やかなものに見えたからである。


 このレースは混戦が予想されていた。どの馬も目標にしているのはナリブーだったことは明らかで、お互いに気に仕掛けるかどうか本馬以外が牽制し合っていた。

 周りの事を気にする素振りもなく、南井騎手の手綱が動いた瞬間にナリブーにスイッチが入った。それまで牽制しあっていた馬群をスッと引き放し始めると、ゴール前1ハロンからは完全に抜け出しゴール前をそのまま駆け抜けた。


 タイムは当時の中山競馬場芝2000mのレコードタイムを0.5秒上回る新レコードタイム。


 このレースで5連勝を記録するとともに、着差以上に圧勝劇にてクラシック1冠目を掴み取った瞬間だった。



※後書き

 お読み頂いた皆様に感謝を!!


 作中には競馬用語が出てきますが、良く分からない方もいらっしゃると思います。

 そんな時はお気軽に作者までメッセでもいいので聞いてください。

 なるべくは感想欄はそのようなことに使いたくないので、よろしくお願いしますm(__)m

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