子供の頃にしたベタな約束
月之影心
子供の頃にしたベタな約束
大学生がこんなに忙しいとは思っていなかった。
先輩やネットからは『楽しい』とか『よゆー』とかの声が聞こえていたのに、毎日毎日講義とレポートで全然そんな風に思えない。
勿論それが選択した講義によってまちまちである事は分かっているが、それにしても不公平過ぎると思わざるを得ない。
頭の中で不満を漏らしつつ、パソコンに向かってキーボードを叩いているところに突然ドアを開けて飛び込んで来るヤツがいる。
「お邪魔しまぁ~す。」
「……」
「おっ邪魔しまぁぁぁす!」
「聞こえてるよ。」
「ガン無視されたから耳聞こえなくなったのかと思った。」
「忙しいんだよ。」
「何やってんの?」
「明日期限のレポート。」
「ヤバいやつ?」
「そこそこヤバいやつ。」
「そっかぁ。」
そいつは特に関心も無い様子で本棚から漫画を取り出し、ベッドに寝転がって読書タイムに突入した。
実家が隣り同士で、幼い頃からよく一緒に遊んでいた。
幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと同じ。
決して示し合わせたわけじゃないけど大学も同じで、一人暮らしの部屋も直線距離なら50mと離れていない。
「ねぇ、
「んー?」
「喬太は彼女とか作らないの?」
「はぁ?」
漫画に没頭していると思っていた琴梨が突拍子も無い質問をしてきたので、キーボードを叩いていた指を止めてベッドの方へと向くと、琴梨は仰向けに寝そべって漫画に没頭していた。
なので再びモニタに向き直り、キーボードに置いたままの指を動かしながら口を開いた。
「突然どうしたよ?」
「いや別に。そこそこモテるのに何で彼女居ないのかなぁって。」
「『そこそこ』を強調したのは気に入らないけど……」
「だってほら、サークルの
「んー……」
「『それに応えてやろうじゃないか。』みたいにならないんだと思って。」
「正直、佐川先輩も山戸さんもアピってるのは気が付いてるよ。」
「ほぅ……気が付いていながらスルーしてるんだ。ジゴロだねぇ。」
「茶化すなって。ぶっちゃけ『無い』って思ってるだけだから。」
ベッドが『ギシッ』と音を立てる。
横目でちらっと琴梨の方を見たが、琴梨は体を横向きに変えただけで相変わらず目線は漫画に釘付けだ。
「でも、佐川先輩は年上なのに何か庇護欲そそられる可愛らしさあるし、山戸さんなんか同い年とは思えない程色っぽい美人さんなのに勿体無いじゃん。」
「傍から見ればそうかもしれないな。」
「何か
「まぁ、有るっちゃあ有るかな。」
バサッ……ギシッ……と音がすると、琴梨は漫画をベッドの上に裏返しに置き、ベッドの縁に腰を掛けて座り、こちらに視線を投げていた。
「お姉さんが聞いてあげようじゃないか。」
「何で琴梨がお姉さんなんだよ。誕生日は俺の方が先だろ?」
「こまけーことはいいんだよ。ささ、話してごらん。」
琴梨が目をキラキラとさせながらこちらを覗き込んでいる。
「そんな期待するような話じゃない。俺はもう結婚するならコイツってヤツを決めてるから他の子は気にしてないだけ。」
「へぇ~。随分幸せな子が居るんだね。でもそういう感じなら私だって決めてる人は居るよ。」
「ほぉ。それまた偶然だな。」
「子供の頃に言われたんだよ。『大きくなったら僕のお嫁さんになってくれ。』って。」
「可愛いじゃない。俺も似たような事を言った覚えがある。ソイツも『大きくなったらお嫁さんになる。』って言ってたな。」
ギシッとベッドが軋み、琴梨が後ろに手を付いて天井を見上げる。
「でもさぁ……『大きくなったら』って随分曖昧だと思わない?」
「子供が言う事なんだから仕方ないだろ。」
「でも、『子供の時よりも大きくなったら』って事ならソッコー大きくなってるじゃない?それこそ雨後の筍の如くさ。」
「身長的な事で言うならそうかもしれないけど、それだけじゃなくて『中身も』って事だろ。」
「子供がそこまで考えてるかなぁ?」
「俺はそこまで考えて言ったけどな。」
「そうなんだぁ。」
天井を見上げる琴梨が勢いを付けて体を前に戻し、膝の上に肘を付いて両手の上に顔を載せていた。
「だとしたら、身長が大きくなったらって言うよりもっと曖昧じゃない?」
「それはそうなんだけどさ。曖昧だからこそ自分で判断していいとも言える。」
「ご都合主義だ。」
「人間誰だって自分の都合が一番だよ。」
「まぁねぇ。」
キーボードに置いた指を離し、椅子をくるっと回して琴梨の方へと向く。
琴梨は姿勢を動かさずに目だけで俺の方を見ている。
「俺の都合で言えば、随分『大きくなった』と思ってる。」
「ほほぅ。」
「でも残念ながら、ソイツは言うほど大きくなってないんだよな。」
「……」
「このままじゃ差が開くばかりだし、手遅れになる前に俺が捕獲しといた方がいいんじゃないかって、最近思うようになってる。」
「ほ、ほほぅ……」
体を前に倒し、椅子から少しだけ腰を浮かせた体勢で手を伸ばし、琴梨の両手を取る。
嫌がるでもなく、琴梨は俺に両手を包まれるがままになる。
「琴梨、結婚を前提に俺と付き合ってくれ。」
「……」
琴梨は黙って俺の顔に視線を向ける。
表情は特に変化無し。
「返事は?」
「え……」
「え……じゃなくて、へ・ん・じ。」
「あ……う、うん……分かった……」
「何だよその腑抜けた返事は。」
「え?あ……えっと……ごめん……いきなり過ぎて脳ミソ置いて行かれた。」
はぁっと溜息を吐いて頭をがくっと落とす。
頭の上から琴梨の声が聞こえる。
「つまり、私が喬太の彼女になって喬太が私の彼氏になるって事?」
「そう。」
「だよね……分かった。」
「え?それだけ?」
「え?他に何か言わなきゃいけなかった?」
「さっきまで子供の頃の話をしてたんだからさ。ここは目をウルウルさせて『ちゃんと覚えててくれたんだね!嬉しい!』って言うところじゃないの?」
「あー、ごめん……私ドライアイだからさ。目薬指していい?」
「うるせぇ。」
「冗談に決まってるでしょ。照れ隠しくらい察してよね。」
琴梨の顔は紅く染まっていた。
「でもこういう方が私たちらしくていいじゃん。」
「人生最初で最後の告白がこれかと思うと何ともやり切れんが……」
琴梨が再び項垂れた俺の頭をポンポンと撫でる。
「まさかこのタイミングで来ると思って無かったから焦ったけど、何にしてもヨロシクね、彼氏の喬太クン。」
(「こんなので良かったんだろうか?」)と思いつつ、子供の頃の約束に一歩近付いた満足感で自然と頬を緩ませていた俺だった。
子供の頃にしたベタな約束 月之影心 @tsuki_kage_32
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