第五章 山本Bを探して……

       一


 山本徹が現代世界に戻ってから、たちまち一ヶ月ばかりが過ぎて、季節はすっかり秋も半ばに差しかかっていた。戻った当初は、また自分がとんでもない世界に紛れ込んでいるのではないかという、疑心暗鬼に陥っていたが時間経つにつれ、それも何ごともなさそうなので安心しきった日々を過ごしていた。

『よし、これでこの作品も、もう少しで仕上がりだな……。たまには気晴らしに公園にでも行ってみっか。運動不足も体に悪いしな。よし、行こう』

 思い立ったら吉日とばかり、山本はさっそくいつもの公園に出かけて行った。秋も中秋に入ってはいたが、その日は小春日和とでもいうか、めずらしくポカポカとした散歩日和であった。ベンチに腰を下ろしタバコを吸い始めた山本は、いつものように公園に集う人々の群れを眺めていた。やはり天気がいいせいか、家族連れや恋人同士らしい人たちが行き来していた。

『こんなに天気もいいんだから、カミさんも誘えばよかったかな……』

 そんなことを考えながら、二本目のタバコに火をつけようとしている時だった。

「おお、いた、いた。やっぱり、ここにいたか。探したんだぞ」

「な、何だぁ。耕助じゃないか。どうしたんだ。お前…」

 パラレルワールドに戻ったはずの耕助が立っていたので、山本は驚いて立ち上がった。

「ん…、ここ座っていいか」

「一体どうしたんだよ。オレはてっきり向こうの世界にいるとばっかり思っていたのに、どういうことなんだよ。耕助…」

「いや、オレもそのつもりだったんだけど、うちのほうの山本がまた突然いなくなっちまったんだ……。だから、もしかすると、またこっちのほう紛れ込んだんじゃないかと、探しにきたんだけど、何かそういう噂聞かなかったかい……」

「なんだぁ、またかよ。お前のほうの世界はどうかしてるんじゃねえのか。こう度々そんなんじゃしようがないぞ。また、次元のどこかに綻びでも出きてるんじゃないのかな……。ホントに困ったもんだ…」

 山本は腕組みをすると真剣に考え込んでしまった。

「なあ、山本。頼むからオレと一緒に探してくれないか……」

「んー、そう云われると、オレもまんざら他人事とも思えないしなぁ……。んで……、どうすればいいんだ」

「どうすればって云われても…、それがわかれば相談なんかしに来るもんか……」

「うーん。そう云われてもなぁ、オレだってどうやって探したらいいのか、見当もつかないしどうしようか。河野先輩にでも相談して見るか…。だけど、あの人にばかり迷惑をかけるのも考え物だしなぁ……。でも、まあしょうがない。相談してみるか」

 ポケットからスマホを取り出すと、山本はさっそく河野に連絡を取り始めた。

「あ、先輩ですか、山本です……。え、ああ。まあ、そうですか。それじゃあ、待ってます」

 短い会話を済ませると、山本は耕助のほうに向き直った。

「すぐ来るそうだ。ウフフッ、大体の想像はつくけどな……」

「なに、どうしたんだ…」

「なーに、家庭の事情ってやつさ。来ればわかるって」

 そんなことを話しているうちに河野がやって来た。

「いやぁ、助かったよ、山本くん。おや、耕助くんも一緒だったのかい。本当に助かったよ。うちのガキどもがうるさくって、参っていたところだったんだ」

「ほら、な…」

 山本は耕助に目配せを送った。

「ところで、話ってなんだい

 河野もベンチに腰を下ろすと、タバコを出して火をつけた。

「はあ、実は耕助のほうの山本が、また行方不明になったそうなんですよ」

「ほう、それは、また大変だったね」

「それで山本は、ぼくの一番の友だちですし、もしかすると、この前みたいにアイツの知らないうちに、こっちの世界に入り込んでしまったんじゃないかと、探しに来てみたんですけど手掛かりも掴めなくて、困ってしまって山本のところに相談しにきたんです」

「んー、それは困ったね。この前は確か山本くんが、ふたりいるんじゃないかとかという、噂話を聞いように思うんだけど、今回そういう話は聞いてないのかい。山本くんは……」

「ええ、まったくないです。第一オレは山本Bのとこなんて、すっかり忘れてしまっていたくらいですから……」

「そんな冷たいこと云うんじゃないよ。山本くん」

 別に悪気があって言っているじゃないことを知りながら、河野は山本のことを窘めた。

「いや、そんなつもりで云ったんじゃないだ。ゴメンよ…。耕助」

「そんなのはどうでもいいさ。問題は、どうやってアイツを探せばいいか、解からないという一点だけなんです。もし、このままにして置いたら、取り返しのつかないようなことになるんじゃないかと、思っているんです。何故だか解からないけど、そんな予感がするんです」

 真剣に山本Bのことを案じている耕助の気持ちが、ヒシヒシと伝わってくるのを感じ取ったのか河野は大きく頷いた。

「なるほど、きみの心配はよく分かったよ。しかし、きみのほうの山本Bくんがどこの世界に紛れ込んだのか、それが解からないと手の打ちようもないんだが、とにかくみんなで考えてみよう……」

「どうしてなんだぁ…。大体、パラレルワールドなんて、訳の分からない世界が存在するんだよ。世間のヤツら誰ひとりとして、その存在にも気づかないっていうのに、なんでオレたちだけこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ。ホントに頭にくる……」

 山本はカンシャクを起こしたように、突然わめき散らした。

「まあ、そう云いなさんなよ、山本くん。もうこうなった以上は、みんなで手を尽くして山本Bくんを捜し出してやらないと、耕助くんがあまりにも可哀そうじゃないか」

「そんなこと云われたって、どうやって探そうっていうんですか。先輩」

「うーん、われわれだけで考えていても、山本くんのいうところの堂々廻りにもなりかねないと思うんだよ。そこで、どうだろう。この前お逢いした吉備野博士に相談してみたら、何かいいアドバイスを伺えるんじゃないかと、考えたんだが連絡はつくんだろう」

「そうか、その手があったか…。何でいままで気がつかなかったんだろう。よし、それじゃあ、これからすぐ連絡して見ます」

 いうよりも早く、山本はマシンの送信ボタンを押していた。

「おや、これはみなさんお揃いで、この度はどのようなご用ですかな」

 たちまち三人の目の前に、吉備野が姿を現わした。

「これは吉備野博士。さっそく、お出で頂きまして恐縮です」

 河野は吉備野に敬意を示すように、うやうやしく挨拶をしてから、

「実は博士、この佐々木耕助くんの住んでるほうの山本Bくんが、突然行方不明になったそうで耕助くんが心配して探しにきたのですが、われわれではどうやって探したらいいのか、まったく見当もつかなくなりまして、吉備野博士にアドバイス頂けたらと考えまして、誠に恐縮ではありましたがお越し頂いた次第です」

 河野の説明を熱心に聴いていた吉備野だったが、河野が話し終わるのを待っていたように自ら話し出した。

「よろしい、わかりました。何かとてつもなく、この世界とパラレルワールド世界が、入り乱れているようにも思われるのです。残念ですが、ここにいては私と致しましても、何んとも手の施しようもありません。そこで如何でしょう。みなさんに私どもの研究所に来て頂いて、詳しく調べてみたいと思うのですが、如何なものでしょうかな」

 未来の世界と聴いただけで、河野はいきなり眼を輝かせた。

「はい、もちろん喜んでお供いたします」

河野は山本や耕助の意見も聞かずに、即答で吉備野に返答してしまっていた。

「よろしい、それでは参りましょう。みなさん、準備はよろしいですかな」

 次の瞬間、四人の姿は一気に未来の世界へ飛んでいた。

 そこは山本にとって三度目の来訪の場であって、比較的に見慣れた景観であったが、河野にしてみれば初めて見る未来の目にするものであった。まばゆいばかりに光り輝やく照明は、影をも完全に消し去ってしまうほどの物だった。

 河野は絶句したように、その場に立ちすくんでいた。吉備野は自分の持ち場に三人を招き入れ、河野たちには理解し難いような計器類を駆使して、なにやら必死に計算をしているようだったが、一応やるべきことは終わった様子で河野たちのほうに向き直った。

「どうも、現在のパラレルワールド世界も、『超空間』同様に多少の歪みのようなものが生じているらしく、いまの状態のままではすべてを図り知ることは不可能かと思われます。少々お待ちください。みなさんに何か飲み物でも差し上げましょう」

 吉備野は自分の座っている全面パネルのひとつを押した。すると、この部屋の出入り口と思われる個所が音もなく開き、うら若い女性が何か飲み物の入ったグラスを持って現れた。

「ようこそ、いらっしゃいませ。どうぞ、お召し上がりください」

 グラスを三人の前に置いて出て行こうとする女性に、

「ちょっと待ちなさい。パトリシア」

 吉備野が呼び止めた。

「はい、何かご用でしょうか。博士」

「少し、そこで待っていなさい」

「はい、かしこまりました」

 彼女は部屋の片隅まで行くと、こちらを振り返るとニッコリ微笑んで立ち止まった。

「これは私が最近完成したばかりのスーパーアンドロイド、MRTⅦと申しましてな。私どもの人体に限りなく近い精度で設計したもので、生殖機能以外はほぼ完ぺきに整っておりまして、生身の人体と違う点は子供を産めないという部分だけなのです」

「こ、これがアンドロイド……、本当ですか。博士…」

 河野は驚きの声を上げた。

「これがアンドロイドだって、どう見たって人間そのままじゃないですか。博士、あなたは神様ですか………」

 山本も驚きのあまり、突拍子もないことを口走っている。

「…………」

 耕助に至っては言葉にもならい様子であった。

「このパトリシアにはすべての言語、あらゆる時代の言葉にも精通できるように、プログラムを組んでありますし、彼女の本体にもマザーコンピューターと連動した、タイムマシンが組み込まれています。私は彼女のことを、決して商業用には使いたくないと考えております。何故なら、これは半ば私の趣味を兼ねまして組んだようなものですので、私のすべてを注ぎ込んだといっても過言ではありません。ですから、これをあなた方にお貸ししたいと考えております。ぜひ、お役に立てて頂きたい。どうぞ、一緒に連れて帰って使用してみてください。あなた方がお望みとあれば、どのようなことでも対応するはずです。それでは、パトリシア。みなさんと一緒に二十一世紀にお供しなさい。それではみなさん、ご機嫌よろしゅうに……」

「はい、かしこまりました。それでは博士、行ってまいります。みなさん、参りましょう」

 四人の姿はたちまち吉備野研究所の中から消えていた。


      二


 未来世界から現代へ戻った四人は、河野と山本はそれぞれの自宅に帰ることになり、パトリシアは耕助が引き受けることになった。とはいうものの、独り身の耕助にはいくら相手がアンドロイドと言えど、ほとんど生身の人間と変わるところのないパトリシアと、ひとつ部屋の中で過ごすのかと思うと、内心ドキドキものであることは否めなかった。

 河野たちと別れてホテルに帰ったふたりは、部屋に入ると待っていたようにパトリシアが聞いてきた。

「ひとつ質問がございます。わたくしは貴方を何とお呼びすればよろしいのでしょうか」

 一瞬ドギマギしながらも耕助は答えた。

「呼び名なんて何でもいいよ。耕助でも耕助さんでも好きに呼べばいいよ。任せるから…」

「はい、承知しました。それでは、耕助さんと呼ばせていただきます。よろしいでしょうか」

「ああ、そうしてくれ。ところで、きみはアンドロイドだから、夜は寝ないのかい」

「はい、基本的にはそうなりますが、エネルギーの補填とデータ保存のため、一時的にスリープ状態になる場合もございます」

「それじゃ、ひとつぼくのほうから聞いてもいいかい。パトリシア」

「ええ、どんなことでも聞いてくだって、けっこうです」

 少々ためらいがちに、耕助はパトリシアに質問をし始めた。

「少し聞きにくいんだけどさ、きみは見た目も話をしていても、ほとんど普通の人間と変わらないと思うんだけど、きみは吉備野博士も云っていたように、子供を産めない以外はまったく人間と変わらないってことは、つまり…、その…、性行為なんかも出きるってことなのかい……」

「はい、その通りです。もし、耕助さんがお望みなのであれば、お試しして差し上げてもかまいませんことよ……」

「い、いや、いいよ。そんなことしなくても……、ただ、ちょっと不思議に思ったから聞いてみただけなんだから……。それにしても、どうなってるんだろう。ちょっとすまないが、きみの身体に触らせてもらってもいいかい…。変なところに触ったりなんかしないから……」

 しどろもどろになりながら、耕助は恐る恐るパトリシアに尋ねた。

「どうぞ。遠慮なさらずに、どこでもご自由にお触りになってください」

「そ、それじゃあ…、ごめんよ。パトリシア。あ、ホントだ。まるで本物の肌とそっくりだぁ…」

「耕助さん。遠慮なさらずに、こちらのほうにもどうぞ」

 パトリシアは、いきなり耕助の両腕をつかむと、自分の胸の真上に持って行くと、力いっぱい押しつけてきた。そこには耕助も驚くほどのボリュ―ムのある、すばらしく見事な乳房が備わっていた。

「な、何をするんだよ。パトリシア…、やめろよ。手を離せよ。パトリシア……」

「耕助さん。わたしはアンドロイドで、生身の人間ではありません。わたしには恥も羞恥心もブログラムされておりません。それなのに耕助さんは遠慮ばかりなさっていて、少しも触ろうとしていただけません。吉備野博士はご自分の趣味もさることながら、それなりの機能をわたしに授けてくださいました。ですから、遠慮などはまったく必要ありません。耕助さんが必要と思われるときは、どんなことでもして差し上げるようにと、博士より仰せつかっておりますので、どうぞ安心して自由に使ってやってください。そう致しませんと、わたくしが後で博士からお叱りを受けなければなりませんので…」

 そういうと、パトリシアはようやく耕助の腕を離した。

『これは、このまま行ったらやばいぞ。きっと、そのうちパトリシアに殺されるかも知れないぞ。どうしよう………、そうだ。これだぁ……。よーし……』

 何ごとか思いついたのか、耕助は命令口調でパトリシアに向かって言いつけた。

「パトリシア、きみは確かぼくの云うことはどんなことでも利くと云ったね」

「はい、そのとおりです。耕助さん」

「じゃあ、ぼくのことを吉備野博士のところまで、いますぐに連れて行ってくれたまえ。博士相談したいことが出きたんだ」

「はい、分かりました。これからマザーシステムと連絡を取って見ます。少々お待ちください」

『パトリシアのヤツめ。まったく疑いもしないぞ』

「耕助さん。マザーと連絡が取れました。参りましょうか」

 一瞬で耕助とパトリシアは、吉備野研究所の眩い光りの中に立っていた。

「佐々木さん。何ごとかご相談されたいとか。それはどのようなことですかな…」

「この話しは、出きればパトリシアには聞かせたくない話しなのです。出きればパトリシアをどこか別の場所に待機させて頂けませんでしょうか」

「分かりました。少々お待ちください」

 吉備野が前に並んだ、コントロールパネルのボタンをひとつ押した。

 すると、研究室の隅に佇んでいたパトリシアが、何処へともなく立ち去って行った。

「これでよろしいですかな。耕助さん。ところで、相談とはどのようなことでしょう」

「はい、実はパトリシアの性格についてなのですが、アンドロイドしては申し分ないと思うのですが、パトリシアの性格をもう少し、人間の女性のようにつつましく、恥じらいとか羞恥心とかを、もう一度プログラミングをし直してもらえないかと、伺わせていただきました」

『ほう…、何か不都合でもありましたかな』

「前に伺った時の三人の中で、独身者はぼくひとりだけなんです。山本も河野さんも奥さんがいますし、パトリシアを連れて帰るわけにも行きませんので、ぼくが引き取ることになったのです。ところがパトリシアは、ぼくに気を使ってかどうかは知りませんが、いろいろとしてくれようとするんです。ぼくも一応独り身の男ですから、時折りどうしようもなくなる時もあるわけでして、パトリシアの性格に手を加えて、つつましやかで羞恥心を持った、人間の女性のように組替えては頂けないでしょうか。博士」

「解かりました。私としたとこが佐々木さんには大変迷惑をおかけしてしまったようですな。では、さっそくパトリシアを呼んで、プログラミングをやり直しますので、あなたもこちらのほうへ来て頂けますかな」

 吉備野は耕助を連れて別室へと案内した。部屋はセンタ―ルームよりは小ぢんまりとしていて、中央には人がひとり横になれる程度の台座が設置されていた。

「間もなくパトリシアもやって来るでしょうから、いましばらくお待ちいただけますかな」「解かりました……」

 耕助はやや緊張した面持ちで答えた。

「ただいま、やって参りました」

入口が音もなく開いて、パトリシアが入ってきた。

「さて、パトリシア。きみは着衣を脱いで、そこの台座の上に横になりない」

「はい、かしこまりました。博士」

 パトリシアは、吉備野に言われたとおり、着衣をすべて脱ぐと中央の台座の上に乗ると、そのまま台の上に横になった。

「よろしい、それでは始めますかな」

 吉備野はパトリシアの頭に、ヘッドギアのようものを付けさせると、先端の端子類をそれぞれ台座に付属する計器に繋ぎ止めて、何かしらの機材のスイッチ類を入れた。それらの機器が低い唸り声を立て始めると、吉備野もどうにか慌ただしく動かしていた手を休めて、耕助のもとへ寄ってきた。

「これにて一応プログラミングの修正は完了いたしました。これで佐々木さんのご納得のいく修正が出きましたかどうか、パトリシアが目覚めてからの結果を待つことに致しましょう。ところでパトリシアは如何でした地球でしょうか。佐々木さんの率直な感想を伺いたいものですな。私に取りましてパトリシアは一級の芸術作品のようなものですからな」

「はあ、ここに来た時に、博士からパトリシアを貸して頂きまして、先ほども云いましたが、いきなりぼくの腕をつかんで、自分の胸に触らせようとしました。最初にぼくが変なことを聞いたのも、いけなかったのでしょうが、いくらアンドロイドと云っても、いきなりですから度肝を抜かれてしまいましたよ」

「そうですか。それでも、これからはそうはひどくはならないと思いますよ。それなりのプログラムを組み替えましたので末長く付き合ってあげてください。自分の娘をあなたに差し上げたようなものですからな。さて、そろそろ目覚める頃ですな。パトリシアも」

「それにしても、見事な身体をしてますよねぇ……。パトリシアは」

 と、間もなく目覚める寸前のパトリシアを見つめながら、ため息交じりに深呼吸をひとつ吐いた。

 そして、ついにパトリシアは息を吹き替えたように、目覚めて台座に上半身を起こすと、部屋の中を見回していたが、自分が裸であることに気づいたのか、とっさに両腕で胸を覆い隠した。彼女がアンドロイドであるがゆえに、顔こそ赤く染めなかったが、これこそ羞恥心と恥じらいであると耕助は考え納得していた。

 耕助はパトリシアが脱ぎ捨てた衣服を拾い集めると、台座に寄って行くと彼女にそっと手渡した。

 それからしばらく、吉備野から細かな調整を受けて、二十一世紀の世界に戻ってきたのは夜もとっぷりと深けて、世間の人々はみんな寝静まった頃で、部屋に入ってカーテンを開けてみると満天の星が輝く夜だった。


      三


 プログラムの書替えと微調整を終えて帰ってきた晩から、パトリシアが耕助に接する態度は幾分変わったようにも思えたが、性格のほうはどうなっているのか、その時の耕助には判らなかった。なぜなら吉備野の研究所から耕助の自宅に帰る時、

「さあ、佐々木さんのお供をして二十一世紀にもどりなさい。パトリシア」

 と、吉備野から言われた時にも、

「はい、わかりましたわ。博士」

 と、しか言わなかったからであった。それから、家に帰ってからもあまり口を利かなくなったので、耕助は心配になって聞いてみることにした。

「パトリシア、どうしたんだい。どうして、そんなに黙ってばかりいるんだい。もっと、話してごらん。さあ」

「でも…、アンドロイドでもあたしは女ですもの、女はあまりお喋りすぎると嫌われますもの……ですから…」

 と、言ったきり、また黙ってしまった。

「いいから、もっと話してごらんよ。パトリシア」

 それでも、一向に話そうとしないパトリシアを見ていて、

『吉備野博士、少し手を加えすぎたのかなぁ…。どうすればいいんだろう。こんな時……』

 急に口数の少なくなったパトリシアを見ていると、耕助はいきなり寂しくなってきた。その時、耕助は吉備野が言った言葉を思い出した。

『あの時、確か博士はこんなことを云ってたなぁ…。「これからのパトリシアは、佐々木さんあなたの思うとおりになるでしょう。あなたの努力次第で如何ようにも変わって行くでしょう。どうぞ、パトリシアをよろしく頼みます」と、いうことは、オレがパトリシアのプログラムを、自由に変えることが出きるってことなのかな…。でも、オレなんてパソコンが少し弄れるくらいで、そんな専門技術なんて持ってないしやっぱり無理だなぁ…。しかし、博士がああ云うのなら何とかなるのかな……』

 そんことを考えながら、耕助はあることを思いついていた。

『よし、ダメだったらダメでいいや…、どうせダメ元だ……』

「なあ、パトリシア、きみはオレ…、いや、ぼくのいうことを何で聞くようにプログラムされていると云ってたよな」

「はい、そのとおりですけども…」

耕助が訊ねるとパトリシアは即座に答えて、

「いったい、何を話せばいいのですか……」

「何でもかまわないよ。きみの好きな言葉を言ってくれりゃ、いいさ」

 どんな返答がもどってくるのか楽しみだった。

「あたし、耕助さんのことが好きです………」

「え……」

 耕助はパトリシアの突然の言葉に驚いたようだった。まさか、アンドロイドが人間の男に、「好きです」などという言葉をいうはずもないと思っていた。

吉備野博士が、遊び心かいたずら心かは知らないけど、また何か余計なプログラムを組み込んでくれたんだなと思った。

『よし、向こうがその気なら、こっちも少しくらいは遊び心を出してもいいだろう』

 などと、勝手なことを考えながら、またひとつ質問をしてみようと思いついた。

「さっきも聞いたけど、きみはぼくの言いつけとか命令には絶対に逆らえないんだろう」

「はい、そのとおりですよ。耕助さん」

 その時、耕助は子供の頃に読んだ漫画の中に出てくる、ロボット法の三原則ことを何とはなしに思い出していた。

 

   ロボット法三原則

  第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また何も手を下さずに人間が危害を受けるのを黙視してはならない。

  第二条 ロボットは人間の命令に従わなければならない。おただし第一条に反する命令はこの限りではない。

  第三条 ロボットは自らの存在を護らなければならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る。


『…確か、こんな感じの内容だったよな。だとしたら、やっぱりパトリシアはオレに逆らうことが許されていないんだな…』

 その時、パトリシアが耕助に近づいてきた。

「あの…、耕助さん。あなたはわたしのことを、どのように思ってくださっていますか。わたしは吉備野博士より、新しいプログラムを組んで頂きました。そして、その中には絶対的に耕助さんに尽くすようとにいう、内容のものも含まれていました。それなのに耕助さんはわたしのことを振り向いてもくれませんでした。もしも、あなたがわたしのことを、そんなにもお嫌なのでしたら、わたしは自分の全機能を停止しても構わなとさえ考えていしました」

「ぜ、全機能の停止…、そ、そんなこと云うなよ。オレがパトリシアのことを嫌いなはずないだろう……。好きだよ。大好きだよ。で、でも……」

 全機能の停止と聞いて、耕助はタジタジとなりながらも、パトリシアの一途な想いに心を打たれた。

『でも、パトリシアはアンドロイドだろう…、アンドロイドって、ロボットみたいなものだってのに、そこまで精神構造がしっかりとしてるとは……、オレにはまったく理解できないけどな……、それにしても吉備野博士はすごい科学者なんだな。タイムマシンとか、パトリシアのようものまで造ってしまうなんて…』

 未来の科学力の想像もつかない発達ぶりに舌を巻きながらも、耕助は必死になって考えていた。

『アンドロイドというのは、人間そっくりに造られたロボットのことだよな。確か、人間により近い機能とか、思考力もほとんど変わらないと云うし、でも、これって、オレも本とか漫画で読んで知ってるだけで、実際にそんな物があるわけもないんだから、オレがアンドロイドについて知っているのは、何もないってことになるのか……。どうすればいいんだろう。これから……』

 また、こんなことも浮かんできた。

『アンドロイドが自分の全機能を停止するってことは、つまり、人間で云えば……自殺行為……、じょ、冗談じゃないぞ……。そんなことされたら、吉備野博士になんて言訳すればいいんだよ。ホントに……、何んとかしなくっちゃ……』

耕助は【全機能停止=自殺行為】と、いう、恐ろしい結末に気がついて慌てふためいた。

「ね、ねえ、パトリシア、このパトリシアというのが、吉備野博士がつけてくれた名前だよね。そこで、ひとつ提案したいことがあるんだけど、どうもぼくにはパトリシアって、呼びづらいんだよ。そこで、パトリシアを縮めてパティって呼びたいと思うんだけど、どうだろう…」

「結構ですわ。耕助さんがそう呼びたいのでしたら、わたしは構いませんわよ。どうぞ、お好きになさっください。でも、わたしなんだか嬉しいです。とても…」

 パトリシアも賛成してくれて、嬉しそうだったので耕助もホッとした。

「いやぁ、やっと話してくれたんだね。ぼくも嬉しいよ。パティ」

「耕助さんがお望みなら、わたしどんなことでも致します。なんでも申しつけてください」

「だけど、どうしてぼくがそう思ってるって解かったんだい。パティ」

「はい、わたしの機能の中には、物事をよく理解するための分析機能も付属しています」

「え、と、いうとは、きみは心の中まで読み取れるのかい。まさか…」

「いえ、それは出きません。ですが、状況を分析して必用な情報や、データは解析可能なのです」

「すごいんだね…。難しくて、ぼくにはわからないけど……」

 きっと、パティは吉備野博士が自分の持っている技術をすべて注ぎ込んで、造り上げた最高傑作のマシーンなのだろうと耕助は思った。

「だすから、わたしには耕助さんが次に取りたい行動も把握できます」

「ぼくがに取りたい行動……」

 パティの言葉に、耕助は一瞬ドキッとした。

「はい、つまり耕助さんは、わたしにこうして欲しいと考えていますね」

 そういうと、パティ―は自分の着衣を脱ぎ始めた。

「な、何をするんだ…。や、止めろよ…。パティ」

 次々と衣服を脱いで行くパティを止めようと、耕助は慌てて立ち上がるとパティの両腕を押さえた。

「いえ、わたしの機能の中には、そういう行為も付加かされています。ですから、耕助さんは、まったく気になさらなくてもいいのです」

 耕助が止めさせようとしても聞かず、パティは着ているものをすべて脱ぎ棄てていた。

パティは耕助の手をつかむと、その手をたわわに盛りあがった、自分の胸へと押し当ててた。耕助に息をも吐かせぬ早さだった。

「や、止めろよ…。パティ、止めてくれよ……」

 と、叫びながら耕助は手を振り放そうとしたが、手に触れた感触には生身の人間の持つ温もりが伝わってきた。

「パティ、止めろ。これは命令だ」

 耕助は少し語気を強めて言った。すると、パティは即座に動きをやめて手を離した。

「よし、よし。それでいいぞ。きようは遅いから、もう寝るぞ。もう、お休み」

「はい、かしこまりました。では、おすみなさい」

 耕助はそのまま就寝して、パティもマザーシステムの同期と、データ保護のためスリープモードに入った。

こうして、耕助の長かった一日も、ようやく幕を閉じたのだった。


        四


 耕助は、きょうから本格的に山本B捜しをやろうとしていた。

パティを連れて、ホテルを出ようとしているところに山本が訪ねてきた。

「なんだ。お前らふたりだけで行こうとしてたのかぁ。水くさいぞ。耕助」

「いくら何でも、オレのほうの山本を捜すのに、住む世界の違うお前に頼るのも、なんとなく気が引けると思ったんで、オレたちふたりで行くつもりだったんだよ」

「それが水くさいって云うんだぞ。耕助。そもそも、こっちの世界はオレの縄張りなんだから、黙ってドーンと任せてくれっつうんだよ。それでどこを捜すつもりなんだ。お前たちは…」

「それが、どうしようか迷ってたところだったのさ。こっちでアイツを見かけたって、噂も聞かないって云ってたろう。それなのに、闇雲に捜したって見つからないと思って、考えてたんだけども何かいい手はないだろうか…」

「そうだなぁ…。オレもいろいろ調べてみたんだけど、まったく手掛かりになるようなものは見当たらないし、もしかする、また別のパラレルワールドに紛れ込んだんじゃないのかぁ、この前みたいに…。あ、ところで、きのうの夕方ちょっと寄ってみたんだけど、いなかったな。どっかに行ってたのか」

「何だ、来てたのか。きのうは急に思い立って、吉備野博士のところに行ってパティの微調整をしてもらってたから、帰ってきたのは夜遅かったんだ」

「パティ…? ああ、パトリシアのことか、微調整って何かしたのか……」

「いや、大したことじゃないから、別に気にしなくていいよ。さぁて、きょうをどこを捜せばいいのかなぁ…」

 耕助も山本Bを捜そうとはしているものの、行方不明になったとはいえ、何ひとつ手掛かりも残されていないのだから、まったく雲を摑むような話でもあった。

「ところで耕助よ。お前は人間だから、夜は当然眠るよな。だけど、パトリシアはお前が寝ている間はどうしてるんだ…。やっぱり起きてんのか」

「オレも気になるるから聞いてみたんだ。そしたら、データの保護やマザーシステムとの同期のために、一時的にスリープ状態になるらしいけど、基本的にオレたちみたいには眠らないらしい」

「ふーん。いや、オレもロボットが眠るなんて、あまり聞かないしな……。さて、行ってみるか。どっこいしょ…」

 どこに行くという当てもなかったが、とりあえず三人はホテルを後にした。

「とにかく、こういう時のために吉備野博士はパトリシアを貸してくれたんだろう。それだったら、パトリシア…ええい、面倒くさい。オレもパティって呼んでもいいかい。パトリシア」

「どうぞ。ご自由にお呼びになってください。耕助さんから付けていただいた名前ですもの、わたしはとても光栄に思っていますわ」

「そうかい。じゃ、パティって呼ぶとして、きみはオレたちが困った時はどんなことでも協力するって云ってたけど、山本Bに関してはまったく手掛かりらしいものは、何ひとつとして見つけることが出きないんだ。きみに備わっている能力は全然わからないんだけど、ヒントでもいいから何か捜し出す糸口になるようなものでもいいから、何とかならないのかい……」

「そうですわねぇ…。それじゃ、耕助さんにお聞きしますけど、山本Bさんがいなくなった時のことをどなたが最初に気づかれたのですか。そこから探って行きませんと、何んとも申し上げられませんが」

「うーん…。やっぱり、それは奥さんの奈津美さんだろう。彼女が一番先に山本がいなくなったって、オレのところにやって来て捜すの手伝ってくれないかと、泣きついて来たのは山本がいなくなってから三日くらい後だったと思うけど、だからオレはこの前みたいにこっちの世界に紛れ込んで来たんじゃないかと、山本Aに相談するつまりでやって来たんだ。ただそれだけさ。探そうにも手掛かりも何もないし、正直のところ参ってたんだ」

「そうですか。わかりましたわ。わたしたちも耕助さんのいた世界に行ってみましょう。何かつかめるかも知れませんことよ。これからすぐ参りましょう。耕助さん、山本さん」

「おい、これからすぐって、何日かかるか知れないんだぜ。準備も何もしてこなかったじゃないか、すぐったって困るだよなぁ、金も持ってこなかったし、どうするんだよ。耕助」

 山本は戸惑っている様子だったが、耕助は平然として言った。

「心配すんなよ。金なら何とかなるよ。前にお前に貰ったのが、まだだいぶ残っているし、もし足りなくなったってどうにかなるさ。心配するなよ。さあ、行こう。パティ」

「さあ、行こうって、お前。ここじゃ、まずいぞ。人通りもあるし、うーん…、よし、公園にならいいや。あそこだったら人がいっぱいいるから、急に人が二・三人姿が見えなくなったって、誰にも怪しまれないだろう。それに山本Bはオレの分身なもんだしな。このまま見捨てておくわけにもいかんだろう」

 山本は妙な納得ぶりを見せながら、先頭に立って公園を目指して歩き出した。

 公園についた頃には、家族連れや子供たち恋人同士と思しき人々が、集い合っているのを横目で見ながら、山本はいつものようにベンチに腰を下ろしてタバコに火をつけた。

「さてと、このまま真っ直ぐ行ってもいいのか、耕助

。ホントに何か準備するものとか、持って行く物とかいらないのか」

「ああ、いらないよ。別に縄文時代の耕平のところに行くわけじゃないんだし、こことまったく変わりないんだから、欲しいものがあったら向こうで揃えればいいんだし、山本だって前に来たことあるんだし、わかるだろう。それぐらい」

「そりゃ、まあ、そうだけどよ。そんじゃ、行ってみるか。あーあ……」

 何かを考え込んでいた耕助が、山本が立ち上がるのを待っていたように、

「それじゃ、パティ行ってみよう。やってくれ」

「はい、かしこまりました。耕助さん」

 次の瞬間、三人の姿は次元の違う公園の中にあった。

「これで二度目だけどよ。いつ来てもあんまり代わり映えしないよなぁ。この公園も…」

「しょうがないだろう。そんなこと云ったって、まったく同じ公園なんだから……。それより、ここはひとまずホテルをキープしといたほうがいいぞ。お前は行方不明なんだから、知ってる人にでも見られたら面倒だ。早くここから離れたほうがいい……」

 耕助は公園を出るとタクシーを止め、山本とパティを乗せて駅前方面へ向かって走り去った。

駅前のホテルに着いて部屋をキープすると、なんとなくホッとしたのか山本はタバコに火をつけながら耕助に言った。

「なぁ、耕助よ。お前はどう思っているか知らないけど、オレはどうも気に入らなくてしょうがねえんだよなぁ…」

「何がだ……」

「だって、そうじゃねえか。この前の『超空間』にしろ、今回のパラレルワールドにしろ、何がどうなっているんだかオレにはサッパリわからねえ。時空間どころか宇宙全体が狂っちまってるんじゃねえのかぁ。ホントに……」

「そんなことオレに云われたって知らないよ。それより、どうやって山本Bを捜せばいいんだろう。手掛かりも何もないんだからな。何かヒントになるものでもあればいいのに、それすらもないってんだから気が滅入っちゃうよ。ホント……」

「まあ、そんなに焦ることもないさ。時間さえ賭ければ、そのうち何かつかめるさ。そんなに気を落とすな。耕助」

 山本は落ち込んでいる耕助をみて励ましたつもりだったが、山本自身もパラレルワールドという不可解な世界に戸惑いを隠せなかった。

「とにかく、捜すったってどこから手を付ければいいのか、わからないんじゃしょうがないから、きょうのうちに何とか考えておかないとダメだよな……」

 山本は腕組みをしたまま瞑想にふけっていたが、ふいに何か思い立ったように耕助のほうに向き直った。

「これはもう奈津実に直接聞いてみるしかねえのかなぁ。山本Bがいなくなった時の状況とか、詳しく聞いてみないことには埒が明かないぞ。耕助はどう思う…」

「直接逢うったって、お前は行方不明なんだぞ。ここでは……」

「そりゃ、まあ、そうだけどよ。だったら、耕助、事前にお前が奈津美のところに行って、いまの状況を説明してくれないか。そしたら、アイツも馬鹿じゃないんだから、解かってくれると思うんだ」

「オレがか…、だけど奈津美さんに理解してもらえるかなぁ……、オレ自信ないなぁ……」

「な、頼むよ。オレが直接出て行ったら、かえってマズイよ。奈津実に腰抜かされでもしたら、大変だから頼むよ。耕助、頼む……。この通りだ…」

 あまりにも熱心に山本が頼み込んでいるのを見て、パラレルワールドを奈津美にどう説明すればいいのか、まったく自信はなかったが、このままにして置くことはできなかった。

「わかったよ、山本。だけど、オレあんまり自信ないぞ。どうやってさん奈津美に説明したらいいのか…。パラレルワールドなんて、オレだって半信半疑だったのに理解してもらえるかなぁ、奈津美さんに……」

「そうか、やってくれるか。耕助、頼んだぞ」

「なんか、暑くないか。この部屋……。なんだか喉が渇いてきたな。どうだい。ビールでも呑まないか。山本」

「お、いいな。それ。よし、呑もう、呑もう」

 こうして明日の計画を練りながら、ふたりはビールを取り出してきて飲み始めた。

「ところで、パティはアンドロイドだから、酒なんて呑めないよなぁ。残念だな…」

「いえ、いただけますわよ」

 山本の質問にパティは即座に言いきった。

「ええ、呑めんの…」

「パティも、お酒呑めんのかぁ…」

 山本も耕助も愕然として聞き返した。

「はい、わたしの場合は食べ物でもお酒でも、何でもいただけます」

「じ、じゃあ、だけど、人間みたいに酔えないよなぁ。それで食べたり飲んだりしたものはどうするんだい。パティ」

「はい、体内に入った食物類は化学分解をしまして、すべてエネルギーに変換される施用になっています。ですから、けっして無駄にはならないのです」

「へえー、なるほどなぁ。吉備野博士って、ホントにすごい人なんだなぁ。オレ、ますます尊敬しちゃうなぁ。それより、パティ。そうと判れば、きみも遠慮しないでオレたちに付き合って呑めよ。うん、素晴らしいよ。きみは…」

 山本もいつもと勝手が違うらしく、きょうは妙に酒の回りが早いようだった。

 それからしばらく酒を飲みながら、明日の取り決めをして耕助はパティに、山本の面倒を見るようにと言いつけて帰って行った。

 耕助が帰った後、いつの間に寝てしまったのか、山本は夜中にベッドの中で目覚めた。

「あれ、ここはどこだ……。奈津実…、ん。違うな……。そうか、思い出した。オレは耕平と一緒にパラレルワールドの日本に来たんだった。と、いうことは、パティはどうした……」

「ここにおりますが、お呼びでしょうか。徹さん」

 パティが寄ってきてや山本の横に立った。

「あ、ごめん。酔っちまったみたいで寝てしまったか…。耕助は帰ったんだよな。もう…」

「はい、五時間二十九分前にお帰りになりましたが」

「そうか、帰ったか。当たり前だよな。もうこんな時間だし…。あれ、オレいつの間にベッドに寝たんだぁ…。耕助と呑んでて眠くなったところまでは覚えてるんだが、いつの間に寝たんだろう……」

「はい、それは徹さんが風邪を引くといけませんので、わたくしがベッドまでお運びしましたが」

「え、パティが寝かせてくれたのか。そんなことまで出きるのかぁ。きみは……」

「耕助さんから、よく面倒を見るように云われましたので」

「そうか。いや、ありがとうう。よし、明日も忙しくになりそうだ。オレももう一眠りするか…。パティも、もうお休み」

「はい、お休みなさい。徹さん」

 こうして、異次元の日本で失踪した山本Bを捜しにきた、山本徹の一日もようやく終りを告げた。

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