第19話
「運搬ご苦労。これで最後か?」
「はっ」
東の地から戦利品を持って帰ってきた兵士たちに声をかけた彩葉は、在庫の確認でもするように聖典を眺める。
(そろそろ戦果の誤魔化しも効かなくなってきたか。それにしても随分と対応が遅い割に、妙に数は多かったけども)
この戦利品を最後にキルサが偵察隊すら出さず沈黙し始めた兆候を感じ取り、彩葉は敵兵が映らなくなった聖典を閉じた。
ギルム本国を武力制圧し王の処刑を目的に出撃した一万近くの兵と、それを率いていたアルバレート・ソル。キルサ国の第二王子である彼が数週間経っても帰国しないことをキルサ国は訝しみ、偵察隊自体は何度か放たれていた。
そんな偵察隊は先んじて彩葉が潜ませていた数名の斥候によって補足され、その位置は王城にいる彩葉の聖典に刻まれていた。その情報を下にカシスが単騎出撃してその偵察隊を一人残らず始末し、その装備や備品を後から続いた兵士たちが持ち帰る日々は続いた。
だが偵察隊すら帰ってこないところを見て異常事態が起きていることはキルサ国に伝わったのか、最短距離で偵察隊を送ることは止めたようだ。恐らく既にキルサが確保している北路から偵察隊を回し、ウルズ領から正確な情報を知ることになるだろう。
(ソルを討ち取ったまではいいけど、その分オルト陣営が手強くなるから何とも言えないな。最終戦付近は奴隷の種類も増えてるだろうし、あまり放っておくわけにもいかない)
キルサ国の第一王子であるアルバレート・オルト。『ガーランド』においてキルサ国でプレイする際は主人公扱いとなる彼は、好戦的なタカ派のソルと対立するハト派のような人物だ。
しかしだからといってアルバレート・オルトが、外に奴隷を求めぬ平和主義者というわけではない。
そもそもキルサ国としての勝利条件が奴隷制度を過半数の国で認めさせることであるし、オルト個人のストーリーでも奴隷ハーレムを希望する描写が見受けられるため人間性に期待は出来ない。
それに初めの周辺国ということで弱体化されているにせよ、キルサの主役であるオルトにも当然人の域を超えたスキルというものがある。その中でも奴隷の紋様を刻んだ種族と数が増えるほど国力にボーナスをもたらすパッシブスキルの『産めよ、刻めよ』は、発展性の高い強スキルとしてプレイヤーから人気がある。
いくら弱体化がされているとはいえこのままキルサを放置し続ければ、数種類の獣人と虫人に留まらず様々な種族を奴隷としてその国力は指数関数的に増えていく。そうなってしまえばギルム国はその国力に圧し潰され、奴隷として吸収される他ない。
(でもいくら勝ち戦とはいえ、ソルまで送り込んできたのはレアケースだよな。普通は典型的なやられ役のグルグだけで終わるところだし、偵察隊の出し方からしてどうも怪しい)
オルトにとって第二王子のソルは確かに厄介な存在である。ソルは奴隷に対して何の思い入れもなく、利益を追求するために必要なだけの物として扱う冷徹な面が強い。
それにソルはオルトの持つ面妖な能力のために奴隷の種類と数を増やすことには努めるが、その質や美醜にさしたる拘りがない。彼は奴隷の確保によって国力が増大していくことを生き甲斐にしているような男であった。
オルトはそんな彼とは真逆で、とにかく奴隷の質を重視する男だ。奴隷の紋様はあまり目立たない身体の箇所に刻ませ、博愛の感情すら抱いて接する彼の人望は高い。それは奴隷から反逆されないための合理的選択という面もあるが、単純に彼の人柄ゆえでもあった。
あまり争いは好まず新たな種族の奴隷も交渉によって手に入れることがほとんどで、数多くいる伴侶に対しても平等の愛を授ける。それ故に他の国から無理やり人を攫い奴隷とし、国力を上げることだけに尽力するソルとは対立関係にあった。
だがキルサ国にとってソルは必要悪である側面もあった。どれだけ交渉でキルサ側が譲歩しようが奴隷を輸出することなど絶対にしない亜人は存在するため、そんな相手に対してソルはとても有効だ。その戦利品には虫人も含まれていて、実際に成果も上がっている。
(……ソルが活躍しすぎて周囲の奴隷が不細工ばっかりになってご乱心とか? もしオルトが俺と同じようなプレイヤーだったとしたら、有り得ない話じゃないな)
『ガーランド』でキルサ国を選んでプレイする時も、ソルとどう釣り合いを取るかはプレイヤーとしても重要だった。あまりに軽視しては新たな種族の奴隷を迎えることが出来ないし、かといって重視すれば顔面に紋様が刻まれた醜い奴隷との婚姻を国のために強制される。
それに思い入れのある奴隷が婚姻枠を狭めているからと暗殺されることもあるため、プレイヤーからすればソルは男の夢である奴隷ハーレムを邪魔する敵に他ならない。
いくらソルに従うことが攻略的に楽でも、化け物ハーレムに囲まれてクリアなんてことは一回やればもう十分だ。何故二次元で不細工を侍らせなければならないのかは、彩葉としても大いに頷けることでもある。
(ダンゴ将軍のモデルからして、虫の女王も外見はガーランドと同じっぽいしな。いくら戦力増強とはいえ、顔面モスラが相手じゃご乱心も無理はないのかも)
団子族から美しいと評される虫人の女王は下半身こそモデルのようにすらりとしているが、上半身は大きな複眼の目立つ
(本当にそうなら平和的な解決も出来そうなもんだけど、まずは海岸線を取り戻さないことには交渉の席にも着けなさそう。打って出たくないなぁ)
とはいえ仮にそうだったとしても、和平を結ぶにはこちらの状況が悪すぎる。せめて対等の位置にまで持っていかなければ交渉にもならない。
なので彩葉は昨日と同じように聖剣での祝福を民に授けて信仰度をちまちまと上げ、午後からはダンゴ将軍との訓練に勤しんだ。そして内政をしているコルコがウルズ領との交易を重ね、成果を出してくれるのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます