第18話

『攻めに転じるとてんで駄目になるのは変わらんな』

「そういうかせがあるからこそ、虫人とも打ち合えるとも言える」



 ここ二週間でダンゴ将軍との聖剣を扱う訓練も板についてきたが、彩葉は相変わらず防御一辺倒であることに変わりはない。『ガーランド』でもイベント戦くらいでしか自分で戦うようなことはないので、彼の剣技は素人に毛が生えたようなものだ。


 ただ自分から攻撃が出来ないとはいえ、カシスと戦った時のように相手の武器を弾き飛ばして切っ先を向けるくらいのことは出来る。それを応用して攻めに転じることは出来ないかと彩葉は色々と試しているが、今のところはそこ止まりだ。


 だが多対一でもその防御性能自体は変わらないため、戦場で不意を突かれて殺される可能性はかなり低いだけでも悪くはない。それこそカシスやダンゴ将軍級を同時に相手取るようなことでもなければ問題ないし、将軍を足止め出来るだけでも使い道はある。


 そうして午後から始まった訓練を終えて夕暮れ時となった森の中で、団子族は松明やたきぎに火を灯し夕食の準備を始める。ギルム国から支給されているいつもの黒パンと育ちの悪い根菜に、団子族が森の中で狩りを行って得た新鮮な猪肉と鹿肉。



『支給の種類も増えてきた。奇怪な干物ばかりなのは考えものだが』

「ウルズ領との取引も再開したからな。おかげで交易品が増えた」



 そんな夕食の献立の中には虫人からすると見慣れない魚や貝の干物も並んでいた。それらはウルズ領との交易によって得られた物であり、現在キルサに海へ面する領土を占有されているギルムにとっては懐かしい品々である。


 てっきりギルム国はキルサのものになっていると思っていたウルズの当ては外れ、使者たちが献上品として持ってこられた女性たちが犠牲になることはなくなった。


 その代わりに交易の再開を望んだコルコの要望を使者は怪訝そうに聞いてはいたが、その一週間後にはウルズからの交易商がやってくるようになった。そんな者たちに王城で溜め込まれていた財宝やキルサの兵士から剥ぎ取った装備などと引き換えに、食糧を融通してもらっていた。


 そのおかげで当面の食糧問題は解決し、虫人たちにもその恩恵は届いていた。



『珍味』

『狩りでいい。ここ、自然豊か』

『塩、ありがたい』



 ただ魚介類の干物はどうも団子族の口にはそこまで合わないらしく、単純に海から取れる塩の方が喜ばれた。それに元々森の中で穴を掘って暮らしていた種族なだけあってか、狩りの方法には慣れているので肉には困らない。


 そう単語を発しながら手作りの串に肉を刺して夕食の準備を進めている団子族たちの話を聞いていると、その中で一際大きいダンゴ将軍は彩葉の前に胡坐をかいて座った。



『確かに、ギルムの森はキルサに比べると豊かに思うことが多い。何故だ?』

「聖剣教が原因だろうな。今でこそその信仰心はかなり薄れつつあるが、それでも進んで自然を壊すようなことを民はしない。むしろこの困窮状態の中でも手入れまでする者が多い」



 ギルム国は聖剣が眠る聖地を重んじるという特性上、自然系の特産物や長い目で見れば資産となる天然記念物が発生する確率が高い。その分伐採や工業化による環境汚染など、『ガーランド』においては王道ともいえる急速な科学発展に舵を切りにくいという欠点もある。


 だがそのおかげで魔法発展はしやすい下地のある国であり、初めからカシスのような風魔法剣士も将軍として在中できるほどスピリチュアルに寛容でもある。ギルム国の西に位置するウルズ領も同様であるため、交易を結べるくらいには友好的である。


 東に位置するキルサ方面では魔女狩りも行われるほど不寛容であるが、その分サイエンスはこちらよりも発展している。それに亜人への風当たりも魔女と違いそこまで辛くはない。


 その醜悪な見た目から嫌悪感を持たれやすい虫人こそ迫害されているが、人間の外見に猫耳と尻尾がついたような獣人には一定の市民権がある。


 だがギルム国の属する西方面では、見た目が人間らしい獣人すらも迫害の対象である。亜人のほとんどは魔力すら持てぬ劣等種とも呼ばれ、最も東に近いギルム国でもその認識自体はある。


 そんな西方面の民が発する言葉すら通じずその見た目も醜悪である虫人を易々と迎らえるか。国の存亡が賭けられた有事の時ならまだしも、少し情勢が落ち着けば迫害の一途を辿るだろう。



『キルサ、帰りたくない』

『女王、きっとここ気に入る』



 団子族たちの傍から見ればまるでわからない興奮具合を、彩葉は生暖かい目で見守る。



(所詮、虫人は中盤までなら使える捨て駒だからなぁ。あんまり情は移したくない)



 この縛りゲー下にあるギルム国において虫人はなくてはならない存在であるし、キルサから女王を救い同盟をより強固とする段取りは必須ともいえる。


 だが虫人との同盟ブーストのおかげでギルム国が発展していくにつれて、それは悪性のがんのような存在へと変わっていく。


 不快な虫人を抱えているだけで民の不満は段々と溜まって反乱の種となり、信仰度も下がるため魔法の発展速度も下がってしまう。魔法と科学が発展していくにつれて虫人が戦争で出せる戦力は相対的に下がっていき、それから先関わっても特産物がいくつか増える程度だ。損か得かでいえば、明らかな損しかない。


『ガーランド』において虫人は負けがちな初心者に対する救済システムであると同時に、プレイヤーに情を取るか利益を取るかの強制的な二択を迫ってくる初見殺しでもあった。


 情に任せて虫人との義理を通そうとすれば反乱によって国は滅び、利益を選べば亡国の女王や今までの戦友から恨み節を吐かれ心が揺さぶられる。そんな『ガーランド』制作陣の性格の悪さを、彩葉は既に体感している。



(聖地にしか関心のない宰相に、復讐する気満々の将軍と一緒にいるより居心地が良い。そんな虫人も切り捨てなきゃならないとは、世知辛いもんだね)



 自分の想定する未来では今も同じ釜の飯を食っている団子族は、人間から種としての存続すらも許されず絶滅させられる。その口の形状から生まれながらにして人の言葉を喋ることが出来ない彼らには、他の亜人のように生き残る道は残されていない。害虫として駆除されるのみだ。


『ガーランド』にはそんな虫人を救い出す第三の選択肢を浮かび上がらせるシナリオもあるにはあるが、それは二週目でなければ絶対に辿り着けないほどの難易度だ。それを目指す余裕がこの縛りゲー下で生まれるかといえば、ないに等しい。



『女王、イロハ王もきっと気に入る。美しい』

「そうなのか、この目で見るのが楽しみだ」



 それは虫人基準での美しいであることを既に知っている彩葉は、そんな団子族の言葉にお世辞を返した。

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