第16話
『ガーランド』におけるギルム国を選択でのプレイには、聖剣を扱えるイロハ王は重要な役割を持つ。イロハ王の特性としては民の信仰心を基に、内政においては聖剣の儀式、戦争時においてはアイゾリュートなどのスキルを使えることだ。
ただどんな国の王も万能なわけではない。特に戦争面では一部の王を除き、将軍という役職持ちの方が成果を発揮しやすい。その中でイロハ王は聖剣のスキルによって戦争に貢献することこそ出来るが、一個人としては将軍に勝てない。
(いくら鈍ってるとはいえ、将軍のカシスに勝てるなんてことはガーランドじゃ有り得なかった。人外のダンゴ将軍相手じゃ、尚更不利なはず)
ただ実際のところカシスの魔法攻撃を自動で迎撃して打ち消したこの聖剣は、どれほどの相手までなら捌けるのか。それを検証するために彩葉はダンゴ将軍との模擬戦を希望した。
三メートルを超す巨漢であるダンゴ将軍は丸太のように太い二本の手に盾と剣を持ち、へこんだ腹部には棒状の節足が十本蠢いている。その巨体を支える足は武器を持つ腕より太く、数百キロの荷物を抱えても歩けるほどだ。
団子族の中でも選りすぐりの戦士である彼の肩や背中を守る黒い装甲は幾度も脱皮を繰り返し、その強靭性は投石機から打ち出されて地に落ちても平気なほどだ。
そんな彼はまだ魔法や化学兵器が流入していない現在のガーランド大陸においては無類の強さを誇り、現状で勝てるのは戦争面で有利な特性を持つ王くらいだ。内政面にも特性を持つ彩葉が敵う相手ではない。
「アイゾリュート」
「!!」
だがそんな能力差をダンゴ将軍も理解しているからこそ、武器を装備した今も自身から手を出すことに躊躇していた。その躊躇を排除するように聖剣を光らせると、彼は先ほどと同様に距離を詰めてきた。
アイゾリュートは名もない雑兵を消し飛ばすスキルであるが、名称のついた相手にはほぼ機能しない。他の大陸から迫害されながらも各地を転々とし生き残ってきた虫人は、適当に徴兵された奴隷とは格が違うので恐らく消えるのは僅かだろう。
だが数千のキルサ兵を消したその光が同志に向けられることは見過ごせないダンゴ将軍は、明確にその聖剣を彼の手から弾き飛ばそうとその巨椀を振るった。
彩葉の目では捉えることすら困難な一振り。だが聖剣の自動迎撃システムにより彼の身はしなやかに動き、その横振りを受け流した。
完全に攻撃を受け流されたダンゴ将軍はたたらを踏んだが、そこに追撃が加わることはなかった。勝手に動いた腕を不思議そうに見つめていた彩葉は、もう終わりかと言わんばかりに首を傾げた。
それから触角を機敏に駆動させたダンゴ将軍の猛攻が始まったが、彩葉は聖剣によって動かされる身体の感覚に身を委ねた。
幾多もの剣戟が重なり森中に似合わぬ音が響く。彩葉は水のような足運びでその剣を避けては受け流し、ダンゴ将軍は雷を落とすように地面を踏み込む。
人間と虫人という身体スペックの違いもあり、圧倒しているのは誰が見てもダンゴ将軍だった。だが彩葉はその聖剣を弾かれることもなければ、有効打を与えられている様子もない。
人間が団子族に真正面から武力で勝つことなど有り得ない。だからこそ人間は知恵を持って虫人を下す。少数の獣を大人数で夜通し追い回し、食事も睡眠も取れず弱ったところを仕留めるように。
「ぬぅ……!」
だがダンゴ将軍は万全の状態で聖剣を弾こうとしているにもかかわらず、人の手からそれが落ちることはない。イロハ王は団子族の得意な複数の節足を駆使した接近戦には持ち込ませず、その剛腕から繰り出される剣撃も聖剣を巧みに扱い受け流し続けている。
そんな予想外の展開に周囲の虫人たちは息を飲んでいた。それこそ腕に覚えのある虫人でも、あのダンゴ将軍を前ではここまで持たない。それを人の身一つでここまで捌いていることは衝撃の一言に尽きた。
(……し、死ぬ……)
だがそんな虫人の感動をよそに、彩葉は完全に虫の息だった。
いくら聖剣が自動的に迎撃してくれるといっても、実際に動いているのは彩葉の身体だ。聖剣によって計算された最善手を再現する彼の身体は、人智を超えた動きを続けることで悲鳴を上げ始めていた。
それこそVR漬けな本来の彩葉の身体であれば、数秒も経たない内に決着はついていただろう。だがコルコが人間らしい生活とは思えないと評していた縛りゲー下のイロハ王は、数年間日々の訓練をもロボットのように淡々と行っていた。
その自動運転ともいえる訓練によって鍛え上げられていたイロハ王の身体スペックがあるからこそ、聖剣の最善手が出力できている。とはいえダンゴ将軍の猛攻を人間が凌ぐとなれば当然息は切れるし、全身の筋肉を千切れんばかりに扱わざるを得ない。
(しかも攻撃はできねぇし! もう縛りゲーするつもりないってのに!)
自身の攻撃を人間にいなされるのがそんなに衝撃的だったのか、ダンゴ将軍は蒸気機関車のように酸素を目一杯取り込んでは吐き出しもはや殺す気で攻撃を続けてきている。
そんな攻め一辺倒な彼にいい加減苛立ってきた彩葉も反撃を試みたが、その意思を聖剣は身体に反映してくれない。
この世界では『ガーランド』と違ってカシスやダンゴ将軍相手でもまともに打ち合うことは出来るが、こちらから決定打は浴びせられない。そう結論づけた彩葉は頭蓋を割らんばかりに振り下ろされたダンゴ将軍の剣を弾いて地面につかせた後、聖剣をゴミでも捨てるように横へぶん投げた。
そんな彩葉の突拍子もない行動に、ダンゴ将軍の触角が曲がった。そして陥没した剣を抜いて地面に落ちた聖剣を見やる。
「はぁ……はぁ……」
「…………」
もはや喋ることも叶わないほど息の切れた彩葉は、降参するように片手を上げた。そしてダンゴ将軍が水蒸気のような息を吐いて落ち着いたところを一瞥し、よろよろと聖剣を拾いにいく。
それから数分はお互いに消耗しきった体力を回復するため、その場で何とか息を整えようと努めた。そしてようやく喋れるようになった彩葉は手を差し出す。
「脅すような真似をして申し訳ない。おかげでいい鍛練になった。感謝する」
『……人間が、ここまで打ち合えるとは思いもしなかった。認識を改める』
「早々いないだろうが、いることも確かだ。ギルム国だとカシス将軍がそれに当たるだろうな」
そう言うとダンゴ将軍は心なしか頼もしい仲間でも見るような黒目を向けてきた。そして上半身の部分に近い長めの節足でその握手に応じた彼は、唸るような軋み声を上げた後に鍛練用の丸太を抱えだした。
『ダンゴとまともに打ち合える人間、初めて見た』
『衝撃』
『実は何かの虫人?』
その後彩葉はダンゴ将軍とまともに打ち合った人間ということで、興味津々の団子族に質問を受けた後に身体を引きずるように王城へと帰った。
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