第15話
キルサ兵何千人もの死体処理――もとい聖剣葬儀の翌日。ギルムの兵士遺族から昨日のような葬儀をしてくれないかという依頼がちらほらと舞い込み始めた。
ギルム国の基本的な埋葬は土葬であるため、聖剣による火葬のような者に拒否反応を示す者も勿論いる。ただ聖剣による埋葬について老人たちは先代から微かに伝え聞いていた。
それに昨日行われた大規模な聖剣葬儀の光景を実際に見てそう悪いものではないと確信したのか、家族で葬儀を上げられるほどの資産がない者たちから同じようなことを頼めないかと兵を伝い彩葉の下に伝達された。
(葬儀だけで一日終わっちゃったよ。時飛ばしもできないストラテジーゲームってどうなんだ?)
聖地内では聖剣の魔力が消費されないため、葬儀はその一角で行われた。ただ時間の早回しも出来ない以上、彩葉としては突然葬式のバイトでもしているような感覚だった。
とはいえ今の王にしか出来ない内政面のことでいえばこれしかない。なので彩葉は数日間は聖剣による葬儀と、土葬によって行われた兵たちを弔う場に足を運ぶことに費やした。
そのおかげで信仰度は上がったので無駄ではないのだが、ものの数分時計を早回すだけで数ヶ月経過する『ガーランド』に比べると進行は遅々としている。コルコに頼んでいる民の衣食住確保も同様だ。
(戦争の方が手っ取り早いし展開も早くて楽しそうだな。内政ターンの方が好きなはずなのに……)
一度キルサ兵を撃退したとはいえ、未だにギルム国が窮地に陥っていること自体は変わらない。それに将軍カシスの未だにハイライトがない目からして、彼女がまともに言うことを聞くとも思えない。
だからこそ聖剣を持つイロハ王という駒を戦場に立たせなければ話にならない。兵の数も質もキルサ国の方が上であるため、聖剣の力を上手く使いつつ策を講じる必要がある。
そのためにも聖剣を使ってどのように戦えるのかは把握しておかなければならない。現状で認識しているのはカシスと戦った時にわかった聖剣の自動迎撃システムと、初期スキルであるアイゾリュートによる雑兵への広範囲攻撃。
「もう、貴様に手の内を見せることはしない」
「……そうか」
まずは聖剣の自動迎撃システムについて検証をしようとカシスに模擬戦を申し込んだが、にべもなく却下された。なので彩葉は諦めて訓練場に行き兵たちの模擬戦に混ざろうとした。
(……全然練習にならないな。まぁ、王に向かって本気出してくる奴なんてそれこそカシスくらいしかいないか。少し仕様がわかっただけでも良かった)
ただ兵たちは王に対して当然気を遣いまくっているため、まともな打ち合いにならなかった。それに聖剣の自動迎撃システムはどうも敵意のない相手には発動しないようで、彩葉も子供のちゃんばらみたいにおっかなびっくり斬りかかる羽目になった。
これでは聖剣の検証にならないと判断した彩葉は、葬儀が一段落ついた後に白馬に跨り王城から少し離れた森へと向かった。先の戦から民の立ち入りを禁じているそこでは、停戦協定を結んだ虫人たちを住まわせていた。
(このジメジメしてる感じはガーランドになかったな)
ダンゴムシのような身体特徴を持つ団子族の住居は、地面を斜めに掘り進めた炭鉱の入り口のような見た目をしている。湿気を保つためか入り口に草木こそ被せているが扉はなく、触角だけを覗かせて外の様子を窺っていた。
『ギルムの王』
『何故?』
『殺しにきた?』
『望むところ』
『静かに。王だけは言葉わかる』
相手が人だからか団子族の者たちは住居の中から軋むような声を平然と上げていたが、プレイヤーである彩葉にはどんな種族の言葉であろうと理解できる。ダンゴ将軍の側近がそれを忠告すると、途端に声は聞こえなくなった。
「殺しにきたわけではない。ダンゴ将軍と話がしたいのだが」
『何故、人間なのに喋れる?』
『理解不能』
そう声をかけると住居の入り口にある草木がざわついたが、その中から団子族の一人が出てきた。平たい灰色の顔にまんまるとした目が特徴的である彼は、四本の腕を恭しく下げて一礼した。
『同志たちの失礼を詫びる。案内する』
「よろしく頼む」
案内役の団子族と共に彩葉は森の奥地へと足を進める。少しすると蒸気機関車が唸っているような音と、衝撃で前方の木々が揺れている様が見られ始めた。
『将軍。イロハ王がお越しになられた』
そう団子族が声を掛けると、丸太を三本抱えては落とす筋力トレーニングをしていたダンゴ将軍は振り返る。三メートルを超す巨漢が激しいトレーニングで息を切らしている様は、さながら獰猛な熊のように見えた。
そんなダンゴ将軍は片側の二本腕を上げて少し待つようジェスチャーした後、激しく切れた息を整えた後に振り返った。
『……イロハ王。どうされた』
「突然押しかけてすまない。支給した食糧は口にあったか?」
『あの硬さは我らでこそ問題ないが、人の口に合うかは疑問だな』
ダンゴ将軍は顎と表現する方が近いその口を横に開閉してかちかちと鳴らした。普通の人からすればギョッとするような仕草。ただ彩葉は『ガーランド』では見たことのないダンゴ将軍の仕草に驚き、含み笑いを漏らす。
「あれはスープと煮込んでぐずぐずにしないと食えたものではない。ギルムの現状を考えると仕方のないことではあるが」
『我らにとっては嚙み応えがある方がありがたい。それで、今日は何用でこちらまで?』
団子族の住居に必要な資材と食糧の運び出しに言語の通じる彩葉は付いていたものの、一人でここまで来ることは初めてだ。その問いに彩葉は腰から提げた聖剣に手をポンと置いた。
「団子族に手合わせをお願いしたい。ギルムの兵だと俺に気を遣ってしまって訓練にならない」
『……それはまた、随分と果敢であられるな。だが停戦を結んだとはいえ、貴殿は同志を殺していることに変わりはない』
ダンゴ将軍とイロハ王が対峙しているということもあってか、団子族は彼の動向を窺うように監視している。もう言葉にはしていないものの、それに同意するように顎を噛み合わしている音だけは周囲から聞こえてきた。
「それを言うならそちらも同じだろう。団子族は今までギルムの兵を何百人殺してきたんだ? こちらは昨日も兵の葬儀を執り行ってきたところだが」
『…………』
「こちらから荒立てるつもりはないが、そちらがその気なら容赦はしない。女王のことを鑑みるにしてもな」
そう言って彩葉が聖剣を抜いて周囲に向けた時、ダンゴ将軍は土が飛び散るほどの力で地を蹴り肉薄した。それに対して聖剣は自動迎撃システムを起動し、彼の胴体にある細足での拘束するような搦め手を全て弾く。
もう開戦の火蓋は切って落とされたとばかりに周囲の団子族は浮き足立ったが、それをダンゴ将軍は一喝して黙らせた。そして彩葉に一度頭を下げた。
『こちらの非礼は認める。だがその剣が同胞に向けられるのなら私も見過ごすわけにはいかない。死体すら残さぬあの光はもう放たせない』
「こちらも女王の機嫌を損ねるような真似はしたくない。水に流すためにも、手合わせをお願いしたい」
『……そこまで、言うのなら』
こんな四面楚歌な状況でもまだ凝りもせず手合わせを願ってくる彩葉に、ダンゴ将軍はおずおずいった様子で武器を受け取りにいった。
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