第14話

 食糧の配布や炊き出しを始めとした民への救済は、コルコ主導で早急に衣食住を確保する方向で進められた。



「食の次は衣なのか。てっきりそこらの住処を補修していくのかと思っていたが」

「自分の住処は各々どうにかしようと動きますが、服にまで手間をかける民は中々いませんから」



 食の次は住を満たすかと思っていた彩葉の不思議そうな声に、コルコはそう答えながら裁縫士たちに作らせた様々な制服を確認していた。


 衣といえば真っ先に服が浮かぶが、適当な衣類を民に支給するだけでは意味がない。


 衣は単純に身体を守ったり体温調整を図る物であるが、同時にその人自身の地位や職業を示す表現でもある。


 それこそ王である彩葉は白を基調とした黄金の刺繍ししゅうが施されたマントが印象的な服装をしているが、もしこれをコルコが着れば一見すると王にも見えるだろう。そしてその服装に自身の立ち振る舞いをも合わせられていく。


 だからこそ余裕がないからといって民に浮浪者のような恰好をさせていれば、その立ち振る舞いは自然とそちら側に引きずられてしまう。それを改めるには何かの役割を担う制服で上書きしてしまえばいい。


 現在は夏に差し掛かろうという季節なので、廃墟となっている建物を寝床にしている者も多い。そういった者たちに廃墟周りの清掃を頼んで制服と共に給金も出しつつ、その建物の補修も行ってまともに住める施設にしていく。


 それにより住も確保できるが、順番としてはやはり衣食が先でないと人は動かない。一先ずの食い扶持が確保され、自身が何たるかを衣服で示すことで社会性は生まれる。不幸中の幸いか廃墟はいくらでもあるので住処自体はあまり困らない。



「祝福を」



 そんな制服の支給と共に彩葉は相変わらず祝福を授けて回っていた。傾国しかかっている王とはいえ流石に一対一で祝福を授けられれば民も畏まるし、多少はありがたがってくれるので信仰度は当初に比べると順調に上昇していた。



(ようやく儀式できるまで信仰度回復したか。現状だと聖典ぽちぽちで内政もできないし、聖剣に頼るしかないからな)



 そして昨日から続いていた祝福回りも、ようやく芽が出始めた。とはいえまだ数日も経たないので民たちからの視線は相変わらず懐疑的ではあるものの、彩葉の目論見通り信仰度は規定地に到達した。


『ガーランド』であれば総合メニューMAPである聖典で土地の購入から施設の開発など多岐に渡ることができたのだが、現状では情報の閲覧と状況確認くらいしか出来ない。


 ただ一定の信仰度と資材を使っての聖剣による儀式だけは実行可能だったので、彩葉はそれを狙って祝福回りをして信仰度を稼いでいた。そしてとある儀式が実行できる値に至ったので、彼は早速それを実行に移した。



「戦死者の葬儀を、聖剣の力を以て執り行いたいと思う」



 聖剣で行える儀式の中で最も定番なものは、戦死者の葬式だ。死者を弔うことは宗教の行事として基本的なことであるが、ギルム国においては聖剣教による土葬が主だ。


 ただ今回戦死したギルム軍は数十人程度なので木の棺に安置し土葬で済ませることも可能だが、カシスが大竜巻によって始末した数千人単位の敵兵をいちいち土葬するとなれば多大な労力がかかる。


 かといってこのまま数日も放置すれば死体の腐敗が始まり、ギルム国の防壁前は蝿が飛び交いウジまみれの地獄と化すだろう。しかも数千人分の死体ともなれば数日で埋めることなど到底不可能であるため、その汚染源から病気が蔓延してしまうこともある。


 そうなればギルム国はキルサに攻め込まれるまでもなく自滅の一途を辿るだろう。現状ではまともな病院などほとんどなく個人経営のところがほとんどなため、伝染病が流行れば強制的に隔離して自然消滅を待つほかない。


 だが先日の戦闘でも使用した聖剣のスキルであるアイゾリュートを使用すれば、戦死した敵兵を跡形もなく消し去ることができおる。ただ聖剣による儀式で葬儀を執り行えば民の信仰度は更に上昇するし、魔力の消費も少なく済む。



「では、これよりキルサ兵の葬儀を行う」



 装備を剥ぎ取られ落下による損傷もある遺体がずらりと並んだ防壁前の平原。夕暮れ時に彩葉は数十人の兵士を護衛につけながら訪れ、聖剣に貯められた一定の魔力を消費し葬儀を執り行った。


 彼が聖剣を掲げると前方の地面が淡く光り、それは柔らかなベールのように広がっていく。その幻想的ともいえる光景は薄暗い平原を照らし、護衛の兵たちは感嘆の息を吐いた。


 そして布のような光が息絶えた敵兵を包むと、白い陽炎がちらちらと沸き上がった。それは遺体を浄化するように焼き、火の粉のような光の粒子が夜空に舞い上がり始めた。



「…………」



 憎き敵兵を殺し尽くしたカシスは当初イロハ王の執り行う葬儀などに興味はなかったが、この光景に思うところはあったのかこの時ばかりは憎しみの視線を向けることなく黙祷していた。


 そうして数千人の遺体は光の粒となって跡形もなく消え、聖剣の納刀にて葬儀は終了した。



「いいデモンストレーションになったか?」

「間違いないかと」



 突然聖剣での葬儀を行うと言われていまいちピンと来ていない顔をしていたコルコも、遺体の処理も兼ねた実演を見てからは納得した。単純に死体の処理コストがかからないことはギルム国として大きく、それでいて葬儀としても聖剣教に箔がつく。


 この大規模な葬儀は多少なりとも民の目にもついたので、死んだ身内に対する死体の葬り方の選択肢には入るだろう。そうなれば葬儀費用を民から取れると共に、信仰度も上げられる。



「今回は腐敗しかけていた死体処理が目的で簡素だったが、自国の兵に対してはもう少し手間をかけてやりたい。遺族への説明は任せる」

「畏まりました」



 今はまだ王庫に余裕はあるものの、このまま民に与えてばかりでは国の財政が破綻する。そのための第一手として聖剣による葬儀を進めたイロハ王を、コルコは後押しする形で文官との協議を進めた

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