第11話

(現実か? これは)



 カシスにとってギルムの現王である彩葉は、まさに愚王を体現したかのような存在だった。戦場をまるで理解していないにも関わらず作戦に口だけは出すが、その責任は負わず周囲に押し付ける無能。


 その責任の一端を押し付けられていたカシスは、将としての信頼を損なう羽目になった。更に聖剣の誓約により魔法は使えず、その意思すらも表に出すことが出来ないまま戦場を眺めることしかできないことがほとんどだった。


 せめて現場で活躍さえ出来ていればまだ名誉は保たれていただろうが、そんな誓約のせいで兵からも置物の姫。軍議でも何の成果も上げられない将として扱われ、カシスの居場所は何処にも存在しなかった。


 そんな彼女が自害の道を選ばなかった理由はただ一つ。王の愚策によって無為に命を散らしていった兵と将。その無念をこの手で晴らすためだ。その機会を一人牙を研ぎ窺っていたところを宰相のコルコに見込まれ、王への反逆に参加することとなった。


 カシスは戦場での活躍こそ『ガーランド』での設定で縛られていたとはいえ、城内や訓練場では魔法を行使することが出来たし剣も振れた。なので実力はそこまで錆び付いていたわけではないし、そこらの兵では相手にもならない。誓約さえなければ王を討ちとることは造作もないはずだった。


 だが結果としてカシスは誓約がなかったにも関わらず彩葉に下された。確かに実戦経験こそ数年は乏しかったといえ、それは彼とて同じことだ。


 その事実が彼女はとても信じられなかった。そして一万を超えるキルサ軍を相手に単騎で挑みその聖剣を振るい半数近くを壊滅させたことも、虫人相手に交渉して停戦を結んだことも。


 これは悪い夢なのではないかとカシスは何度も思った。だがどれだけ憎き敵兵の首を跳ねても夢は醒めず、死体の山が積み上がっていく。負け戦続きだった兵たちは久方ぶりの勝利に夢心地のまま死体から装備を剝ぎ取り、恨みを晴らすように高所からの落下で動けないキルサ兵を殺している。



(今更になって、なんだ?)



 これほどの力を今まで彩葉は何故隠し持ってきたのか。一体どういうわけがあるのか、カシスには皆目見当がつかない。だが今も心に宿る愚王への憎しみは変わらず燻っている。今更になって王を気取られてたまるものか。そもそもここまでギルムが追い詰められた原因は彩葉にある。


 そして数時間かけて敵兵の装備回収と死体の埋葬を進めてその業務を隊長に引き継いだカシスは、そんな気持ちがありありと浮かぶような顔で何やら民と呑気に話している彩葉を凝視していた。



「カシス」



 そんな彼女を窘めるように金髪の男は防壁の上から声を掛けた。その男は『ガーランド』のプレイヤーからは胡散臭いと評判である宰相のコルコだ。そんな彼に手招きされて防壁内にある部屋に入ったカシスは尋ねる。



「……何だ」

此度こたびの反逆の件についてですが、イロハ王は全てお赦しになるとのことです。カシスには今後の将としての活躍を以てその責を帳消しにするようにと」

「……何が、活躍だ。今まで散々誓約で縛っておいて、よくもぬけぬけと言えたものだな!!」

「とはいえ、今までのように無駄な責を取らされるよりはいいでしょう。それでもカシスなら実力行使で黙らせられると思っていましたが、イロハ王の力も確かなようですし」

「……お前、まさかあの王に大人しく従うつもりなのか?」



 信じられないと言わんばかりに目を見開くカシスに、コルコも線のように細い目を開いて金色の瞳を見せた。



「同じてつは踏みたくありませんからね。私は今でもまだ成人していない餓鬼に王が務まるとは思っていませんよ」

「ならっ……!」

「ですが、ギルム国の大多数は聖剣を抜いたイロハに賭けてしまった。そして失敗したのです。そのせいでギルムはここまで衰退することになりましたが、その元凶が今になって窮地を救った。キルサを退けるにはあれを利用しない手はない」

「……悪意にも満ちた策を強行して多くの兵を死なせてきたあの王を、また信じろと?」



 イロハ王の愚策はともすれば敵国なのではないかと疑ってしまうほどにギルムの衰退に繋がった。事実『ガーランド』での縛りプレイのために、彩葉は効率的に自国の不利になるような作戦を実行し続けてきた。


 そんな売国奴のような王を、また聖剣を抜いたからといって無暗に信じられるまでカシスは引き返せない。もうその道は何の罪もない味方の死体が積み上がっている。



「そういった愚策を強行できた原因は、イロハ王の独裁を許す環境が出来上がっていたからです。ですがその独裁で散々な結果となった今では、女王が対抗馬に成り得るでしょう。イロハ王を信じられないは私も同じです。なのでカシスには女王派閥として王を監視する役を担ってもらいたい」

「……理解はできるが、賛同はしかねるな。それでキルサは退けられても、いずれは聖剣を持つ王の独裁体制に戻ってしまうんじゃないか?」

「ウルズ領に庇護を求めるにしても、ギルムの立場はまだ弱い。これも一種の賭けにはなりますが、以前と違い女王に乗り換える安全面は確保しています。その派閥を強化するためにも貴女の力を借りたいし、イロハ王を憎んでいる貴女が適任でもある」



 コルコの説得にカシスは概ね納得はしていた。また彩葉の下に就くことは我慢ならないが、女王の下でなら問題ないかもしれない。



「……同じような口上で誘われた反逆は、失敗に終わったが」

「貴女が負けなければ成功していたんですがね」

「加勢もせずに兵士共々手をこまねいておいて、よくも言えたものだな」

「魔剣士で傷一つ負わせられないのなら、あの戦力じゃどうあっても王の首を取るのは不可能だったでしょう。勇気ある撤退ですよ。そのおかげで反逆も帳消しになったでしょう?」



 にっこりと笑いながらそう言い切ったコルコを、カシスは胡散臭そうな目で見つめた後に踵を返して部屋を立ち去った。

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