第10話
聖剣の伝承が誕生した時代からコルコの一族であるバールベントは、ギルムの聖地管理を途切れさせることなく次世代へと繋いできた。だがそれは数百年もの間鞘から抜かれなかった聖剣を抜いたイロハの愚王ぶりによって、奇しくも終焉を迎えようとしていた。
「……あれが、聖剣の力なのか」
コルコの父や祖父が目にすれば思わず涙したであろう、イロハ王の振るう聖剣でキルサ兵が殲滅されていく様。それを防壁の目立たない位置から一人眺めていた彼は、残念そうに呟く。
祖父と父は聖剣の刀身を見た時から熱心に期待を寄せてイロハ王の補佐をしていたが、その後に起きた数々の愚策とそれを改善しない彼の愚王ぶりにすっかり絶望してしまった。そして父は副都市の防衛戦を死地と定め、祖父は王城で抗議の意を込め自害した。
そんな父や祖父と比べると、コルコは初めからそこまで聖剣に期待していなかった。聖剣によって突然大きな力を持ってしまった、まだ成人もしていないイロハ王。事実彼も聖剣が抜けてしまった当初は戸惑っていたし、不安げな様子ではあった。
いくら聖剣を抜き王も時を見計らったかのように病死したからといって、まだ成人もしていないイロハを即位させるのはコルコも反対していた。だが伝承を信じた者たちは彼を祭り上げ、王へと押し上げた。
その結果として最後には心を閉ざしたかのような立ち振る舞いとなったイロハは、案の定ろくな統治ができなかった。
ただ、イロハは聖剣の力を使い酒池肉林の限りを尽くすようなことはしなかったし、かといって自分を無理やり王へと押し上げた者たちへの復讐として愚王を演じているようでもなかった。それは宰相として彼の近くにいたコルコはよくわかったし、同時に疑問だった。
基本的にイロハ王は一日の大半を玉座にて聖典を開いたままじっと過ごし、時折自身の訓練をするだけの無機質な日々を送っていた。そんな規律に満ちた生活にしては次々と出てくる愚策を強行することに配下たちは頭を抱えていた。
そんなイロハに業を煮やした反聖剣派閥は薬漬けにして傀儡の王にしようとしたが、彼はその懐柔を単独で跳ね除け厳重に処分していた。その有能ぶりにコルコの父は息を吹き返したように目を輝かせていたものの、その後イロハはクーデターを起こさせるような愚策を次々と打ち出すだけだった。
それに絶望した父はバールベント一族の大半を連れて自ら死地へと向かうことになったが、コルコはイロハのちぐはぐさ加減には少し興味が湧いていたのでここに残った。
(バールベントも所詮は、一介の庭師に過ぎなかったのにな。変に偉くなってしまった弊害か)
今でこそバールベント一族は王の側近から宰相などに務めることがほとんどだが、歴史を辿ると元々は聖剣の眠る聖地の手入れをしているただの浮浪者であったことが判明している。
その後聖剣が抜かれた時に聖地に詳しい庭師としてたまたま雇用され、時を経て重要なポストにつくことが増えてきただけだ。その歴史を学んだコルコからすれば、愚王の行いで憤死するような家族の価値観にはあまり乗れなかった。
それにコルコ個人としても聖地を手入れし、ギルムの資産として守っていくことは好きだった。それはバールベント一族故のことなのかもしれない。だが
だからこそコルコはカシスと同様に聖剣の誓約によって行動制限こそ受けていたものの、聖地の手入れは存分にできていたのでさして不満はなかった。一応宰相として王に提案こそすれど、それが全て拒否されようが構わなかった。
とはいえこのまま奴隷制度を導入しているようなキルサに乗っ取られる形となれば、聖地は土足で踏み荒らされ後の世代に残すことすら出来なくなるのは明白だった。それに兵たちによる大規模なクーデターも巻き起ころうとしていたため、被害を最小限に抑えるためにコルコは王を討とうとした。
結果として王の血を以ての即位式は失敗に終わり、彩葉は単騎でキルサ軍へと向かっていった。そして伝承で読んだことのある御伽話のような聖剣の力を振るい、カシスと共に一万近い敵兵を葬ってギルム国の窮地を救った。
更には敵将である言葉の通じぬ虫人ダンゴとの停戦交渉もどういうわけか成立させたようで、僅かに残った敵兵も捕虜として迎え入れてこの防衛戦を終わらせた。
そして確実な未来として予想されていた民の犠牲者は、一人として出なかった。
(今までにない例だが、果たして賭けていいものか……)
反聖剣派閥による懐柔を退けた時でも、イロハはあそこまで大々的に聖剣を抜くことはなかった。聖剣にこれほどまでの力があると確信していたのは、それこそ今は亡きバールベント一族くらいだ。
その一族の数少ない生き残りであり宰相でもあるコルコは、この状況下でどう立ち回るのか思い悩んでいた。聖地を守ってきたバールベント一族として今更になって聖剣の力を信じるのか、父や祖父と同じようにあくまでギルム国存続のために足掻くのか。
(……どちらにせよ、彼女の協力は必須か)
だが王に対する反乱を講じた自分の処遇がどうなるにせよ、ここからでも殺気が垣間見えるような目で彩葉を見ているカシスの武力は欠かせないだろう。
そう結論付けたコルコは状況の見極めを手仕舞いにして、直属の兵士と共に彩葉の下へと向かった。
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