第9話

(どうなってんだか)



 俺の想像力もここまで来たかと誇りたくなるほどに再現された『ガーランド』の夢。そこにいたコルコとカシスは最近やっていた縛りゲーの影響すら受けた解釈一致の姿であり、彩葉のみずほらしいVR環境では到底不可能な再現度だった。


 だがこれは果たして夢なのか疑問に残ることもいくつかあった。聖剣による操作性こそ『ガーランド』と一緒だが、夢の中で自動操縦の馬に乗って尻が痛くなるなんて体験は出来るわけもない。人が竜巻に巻き上げられて地面に落ちていく様の妙な現実感と、それを見て込み上げてくる吐き気もそうだ。


 無様に吐きこそしなかったものの、先走った胃液がちょっとだけ口内に出てきた。気持ち悪さで噴き出すように汗をかいて久方ぶりに喉がひりひりとする感覚は、まさに現実そのものだ。



(でも現実感はまるでない。目に見えるのはあくまで2.9次元だしなぁ)



 だがここが現実とも彩葉には思えなかった。いくら夢で見るほどVR環境に浸って二次元的な景色に慣れているとはいえ、現実の身体での栄養接種と排泄は必須だ。


 それに健康で文化的な最低限度の生活を営んでいる彩葉は無人配達が発達した今でも、地元のスーパーまで足を運んで安い食品を買って自炊している。そのため今見ているものが二次元か三次元かの見分けがつかなくなるほど感覚が狂っているわけでもない。


 そんな彼から見たこの世界は正しく三次元の情報に限りなく近づいた2.9次元だ。今も前にいるカシスは今まで酷い待遇を受けてきたせいか病的な顔つきをしているとはいえ、アニメにそのまま出てきてもおかしくない存在である。


 それこそVR空間ですら360°カメラで自分の身体データを取得しアバターとして運用する酔狂な輩もいるが、そういった人間のリアリティ感は副隊長や兵士などからも感じられない。だからこそ彩葉はこれを夢だと認識していたのだ。



(実際の虫よりかは気持ち悪くないしな。……でもあんまり間近で見たくはないな。流石2.9次元)



 投石機の計算違いによって壁に打ち付けられ気絶したところを矢で仕留められて死んでいる虫人は、馬上から見下ろす距離だと確かに気持ちが悪い。だがふと気付けば台所にポツンといる黒い存在よりかは遥かにマシだ。


 やはり虫人も二次元的なデザインをしているということが彩葉からすれば大きかった。だからこそその死体にも念入りに剣を突き刺すカシスに対する恐怖感も、それを認識してからは段々と薄らいできた。



「ダンゴ将軍と交渉する。手は出さないでくれ」

「……好きにしろ」



 猟奇的な光景にも目が慣れてきた彩葉の言葉にカシスは一瞬怪訝な顔をしたものの、進言する価値もないと思ったのか投げやりに言うだけだった。そんな彼女を後ろに控えさせた彩葉は、防壁内から旗を掲げながら出てきたダンゴ将軍を見据える。



(ここまでデカいと虫っていうよりロボットに近いよな。とはいえ解像度が高いのも考え物だな)



『ガーランド』でもダンゴ将軍のビジュアルは見慣れているのでそこまでの衝撃こそないが、それでも夏場に落ちている蝉に発狂する者からすれば耐えられなさそうな外見はしている。


 そんな彼と向かい合う形で対面した彩葉は、その背後であれやこれや喋っている虫人たちを一瞥した後に尋ねた。



「ダンゴ将軍。こちらの言葉は理解できるか?」

『……同志はいないのか?』

「同志、というのは虫人のことか?」

『!!!』



 人からすれば言語として認識できないような虫人の鳴き声のようなもの。その意味について彩葉が問い直すと、彼らは驚いたように身じろぎした。


『ガーランド』には大陸がおおよそ三つある。主に人間が統治しているここがゲームタイトルの通りガーランド大陸であり、ここを何らかの手段で統一すればクリア達成となる。


 ただその他にも大陸自体は存在する。エルフにドワーフから獣人や虫人までいる亜人大陸。それと同じ人間であるが魔法や奇跡を扱える魔法大陸。それに挟まれる形で存在するガーランド大陸には、時折亜人や魔法を扱える者も紛れ込んでいる。


 ただ別大陸ということもありガーランドとは言語そのものが異なるため、一部の者以外はろくに会話をすることもできない。それに亜人はエルフやドワーフごとに言語が存在するため、複数の亜人と会話をするのは不可能に近い。


 その中でも人外とも見える外見をしていることが多い虫人は亜人大陸でも迫害を受け、逃げ延びたガーランド大陸でもその扱いは変わらなかった。なのでそもそも言葉を通じるような人間がいることが稀であるし、筆談での会話が必須となる。


 ただいくらそんな背景があろうとも、エルフやドワーフと喋るのに手間がかかるなんてことはゲーム内で許されない。


 そのため『ガーランド』のプレイヤーである彩葉にはどの種族とも会話できる自動翻訳機能がついているので、人のような発声器を持ち合わせていない虫人とも話は通じるようになっていた。



「キルサに虫人の女王が捕らえられているが故に、貴殿らは従っているという情報は掴んでいるのは、先ほども伝えた通りだ。もう確認しているだろうが、キルサ兵は一人残らず殲滅した。協力する気はないか?」

『……私たちが裏切ったことをキルサが理解すれば、女王の身が危うい』

「それはそうだ。それなら停戦というのはどうだろう? 貴殿らはこのままキルサに帰らず、ここに留まって身を隠して頂きたい。敵にさえ回らなければこちらとしてはいいんだ。それにお付きの貴殿を殺しては女王に顔向けもできない」

『……理解した。こちらとしても無駄死には避けたい。そちらの提案を受け入れたい』

「では、交渉成立だな」



 そう言って歩みを進めて握手を求めた彩葉に、ダンゴ将軍はおずおずといった様子で旗を部下に預けてそれに応じた。その様子をカシスは信じられないような目で見るしかなかった。

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