第8話
(どうなっている……?)
ダンゴ将軍は投石機によって城内に空から侵入し、即座にギルム兵を引かせて防衛地点の確保に成功した。だがいつもなら我先にと奴隷を捕らえようとする後軍が来ないことに触角を曲げた。
この投石機を利用した攻城作戦は今となってはキルサ軍の十八番といえるものだ。なのでその長所と短所は誰もが理解している。
団子族の中でも一際巨体で頑丈な黒い装甲を持つダンゴ将軍は、白兵戦において無類の強さを誇る。それを投石機によって敵拠点に打ち込むことで強制的に限られた空間で白兵戦が出来るため、大抵の相手は防衛地点から引かざるを得なくなる。
だがその分ダンゴ将軍には機動力が欠けている。瞬間的に人を上回る速度で走ることこそできるが持久力はそこまでなく、その三メートルを超す巨体故に乗馬することもできない。
だからこそこの攻城戦法は彼の開けた穴を起点として攻める後軍が前提となる。いかに白兵戦で無敵の強さを誇ろうとも、援軍のない状況で長期戦に持ち込まれては機動力のない彼は飢え死にするしかない。
なのでダンゴ将軍はそこに踏みとどまり、引かせたギルム兵に睨みを効かせることしか出来なかった。今のギルムはそれこそ団子族がひっくり返り柔らかい腹でも見せているような状態だが、それに喰いつくのはキルサ軍の仕事だ。
(同胞の死を無駄にする気か? 野蛮な獣どもめ)
ダンゴ将軍を確実に敵拠点へと放つためにも、その計算のために多くの団子族が投石機によって投げ出された。いかに人より強い身体を持つとはいえ、単騎で放り込まれては囲まれて殺されるだけだ。
そんな同胞の屍を足場にして自分たちは立っているということを、キルサ軍はまるで意識していない。苛立つように腹から生えた手足をかちかちと打ち鳴らされる。
『将軍。後方、荒らされてる』
そんな彼の下に戦況を報告しにきたのは、同じく団子族の一人である兵士だった。人からすればただ歯を擦り合わせているような音にしか聞こえない言語。そんな報告を受けたダンゴ将軍は丸々とした黒目をぱちくりさせた。
『上から見た方が理解できる』
そう勧められたダンゴ将軍は他の団子族に現場の指揮を委任した後、どしどしと音を立てながら階段をゆっくりと上がっていく。そして少々息を切らしながらもようやく屋上へと辿り着く頃には、その異様な光が目に入るようになった。
『敵は一人。ギルムの王らしき者』
『今頃になってか? どういうわけだ』
『不明』
高い視点から見るとその光景の異様さは如実だった。その白光に飲み込まれた者の姿は搔き消え、光が収まった後には何も残らなかった。更には突如として大きな竜巻が巻き起こり、兵士たちを飲み込み遥か彼方に吹き飛ばしていく。
その光と竜巻によってキルサ軍はほぼ壊滅状態となり、全身の至る所を強く打ちながらも生き残ってしまった者の呻き声が響く惨状だけが残った。おおよそ一万はあったその内半分は死体すら確認できない有様だ。
『行動指示を』
『ここでキルサが異変に気付くまで耐え忍ぶしかあるまい』
連戦連敗で撤退するしかなかったギルムがあれほどの切り札を隠し持っていたのは、キルサとしてはとんでもない誤算だ。そしてその誤算を修正するような機会を相手側が与える気はないだろうし、何より虫族の言葉は翻訳者がいなければ人に通じない。
人からすれば生理的嫌悪すら感じるような見た目をした虫族は、たとえ文字による交渉が可能だとしても人と交流を持てることなど滅多にない。そのことを彼は身に染みて理解しているし、団子族とて同様だろう。
ダンゴ将軍が出来ることはとにかくこの場で耐えることだ。数日も経って何も知らせがないとなればキルサも不審に思い先遣隊くらいは出すだろう。
幸い、防壁内には多少の備蓄は確認できた。数百人程度の団子族なら数週間は持つだろう。あの魔法のようなものは確かに脅威だが、少なくとも竜巻ならば投石機に飛ばされることに慣れた団子族なら生き残れる。
防壁の内側を眺めながらそう目測を立てていたダンゴ将軍の背中を、兵士はちょんちょんと叩いた。
『……他の選択肢、ある、らしい』
『……何だと?』
普段は聞かないような兵士からの困惑したような言葉に、ダンゴ将軍は丸太のように太い首を傾げた。
そんな兵士の視線の先に振り返ると、そこには先ほどまで何もなかった空中に半透明な膜のようなものが出現していた。そしてそこに巨大な文字が確かに浮かんで見えた。
それはダンゴ将軍が何とか読めるような人の扱う文字ではなかった。虫族の間で取り決められて扱われている文字で、投降することを勧められていた。そしてダンゴ将軍の身柄を保証すると共に、女王を救い出そうとまで書かれていた。
『同胞?』
『わからないが、交渉する価値は大いにありそうだ』
空中に映し出された虫語に、キルサ国に捕らえられた女王のことまで知っているとなれば同胞以外に有り得ない。だがどうも腑に落ちないダンゴ将軍は困惑したように触角を指でつまんでこしこしした。
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