第7話

「随分と待たされたな」



 投石機によってダンゴ将軍が城に打ち出されるまで潜伏してキルサ軍の背後を取っていた彩葉は、ようやく挟撃の形を取ることができて一息ついた。


 聖剣の初期スキルであるアイゾリュートは雑魚狩り専門のスキルだ。その光はいわく魂の質が低い者を選別して焼き払うとされているが、大抵の雑兵はそれで消し飛ばせる。ただ名称がついているような精鋭部隊や、ネームドキャラにはあまり効かない。


 しかし今のキルサ軍にはネームドキャラがダンゴ将軍とソルしかおらず、兵士の質もそこまで高くないのでアイゾリュートはこの戦いにおいて決定的な戦術スキルに成り得る。



(やっぱりソルだからしっかりバラけさせてくるか。グルグなら楽できたんだけどな)



 キルサ軍の指揮官は基本的にソルであるが、プレイヤーが追い詰められるとゲーム側が忖度してくれて弱めのグルグになることが多い。彼ならばアイゾリュートを放った後もどうにかして自分の命を守ろうと亀のように固まってくれるので、魔力の節約ができただろう。



「おぉー。圧巻だね」



 範囲攻撃で一網打尽にされないよう兵をバラけさせ、その分隊の一つである数百の弓兵により矢が空に放たれて迫ってくる。『ガーランド』でも条件を整えなければ見られない光景を彩葉はアトラクションのように眺めつつ、異様に落ち着いた馬に乗りながら聖剣を上に構える。



「アイゾリュート」



 その言葉と共に聖剣は眩いほどの光を帯び、振り下ろされると同時にそれは前方に放たれた。雑兵が放った矢を無効化して消滅させ、壁のように迫った光は魂の選定を開始する。



「――――」



 悲鳴を発する間もなく弓兵は矢と同じように消滅した。今回は余波での犠牲者が出ることなく、その一団はまるでそこにいなかったかのように痕跡すら残らなかった。それを聖典によって正確な人数まで確認した彩葉は面倒くさそうにため息をつく。



(全滅させるにしても結構魔力使っちゃうな。もう少し節約したいところだけど)



 その最期を目の当たりにした他の分隊は明らかに浮き足立ち、兵の統制が乱れ始めていた。このまま散り散りとなって敗走されるのも面倒なので、彩葉は魔力を多く使い広範囲のアイゾリュートを放とうとした。



「……ん?」



 だが聖典に映る一つの青点。友軍を示すものが防壁から早馬のような速度で迫ってきていた。その速さでそれが誰かを察した彩葉は、先ほどと同じようなアイゾリュートを別方向に放ち挟撃の形を取る。



「あぁ……」



 その身に風を宿し鳥のように滑空して戦場に到着したカシスは、血走った目でキルサ軍を見下ろす。


 プレイヤーによる行動制限の設定を解除されたカシスは、数年ぶりに魔力を開放できるようになっていた。だが先ほど彩葉相手に不覚を取ったこともあり、今度は入念に魔法を扱う感覚を思い出して空を飛ぶまでになっていた。


 カシスからすれば彩葉は愚王そのものだ。聖剣の誓約による行動制限が適用され、彼女はこの数年もの間、みすみす兵と民が死ぬところを眺めることしかできなかった。


 そんな愚王が単身でキルサ軍の背後を取るなんて自殺行為をしてくれるのなら、喜んで見送れた。だがいくらブランクがあったとはいえ自身を下したその聖剣と思わしき力からして、何かしでかすのではないかと勘繰ってはいた。


 そしてその予想は見事的中してしまった。彼の振る聖剣の一振りでキルサ軍の一部が見る影もなく消滅した。この数年見ることも叶わなかった聖剣の刀身に、伝承すらも上回るのではないかと思える規模の戦果。


 カシスからすれば彩葉は今でも愚王であり、足を引っ張る無能な味方に他ならない。そんな者の自殺行為に付き合う気など毛頭ない。



「殺す、殺す、ころすぅぅぅぅ!!」



 だが無能な味方の他にも、彼女の憎むべき敵はいた。何の罪もない民たちを奪い、犯し、殺す。同じ人とは到底思えないその所業を散々見せつけられたキルサの糞共を殺せるのなら、愚王の助けになってしまうことにも目を瞑ろう。


 カシスの激情と共に巻き起こった竜巻は、装備も含めると90キロはある兵士たちを紙切れのように巻き上げた。そのまま数十メートルは空中に放り投げられた兵士たちは、絶望の悲鳴を上げた後に無残にも地面に叩きつけられて沈黙した。



「アイゾリュート」



 その嵐のような竜巻が無数に発生してパニックになっている後方。そこから逃げられないように彩葉も聖剣を振るい、的確に兵の数を削いでいく。



「わーお」



 だが遠目から見ても無数の人が空中から落ちて全身を強く打ち死んでいく様は、彼が見慣れているアイゾリュートと違って妙な現実感があった。



(これ本当に夢か? じゃなかったら俺、とんでもない虐殺者だな)



 乾いた笑みを浮かべて誤魔化そうとしたものの、言いも知れぬ恐怖感はじわじわと心に滲み始めていた。だが仮に現実であったとしても。今のキルサ軍を殲滅して情報を隠蔽しなければギルムに未来は訪れない。



(……ならいっそのこと、魔力は節約したい)



 あんな風に殺されるのなら聖剣で消し飛ばされた方がまだマシだと思い彩葉は介錯でもするように聖剣を掲げたが、これがもしや現実だというなら尚更先を見越して思い留まった。


 それからも暴走したように竜巻を起こし矢すらまともに届かないカシスの蹂躙は続き、それを彩葉は後押しした。


 その結果としてキルサ軍の兵たちはギルム防壁に穴を開けたものの侵入することは叶わず、そこに残るのは無数の死体と何とか命は助かったものの手足が折れて動けない重傷者のみとなった。



「ありがとう。助かった」

「…………」



 そんな死体の転がる風景を馬でぐるりと迂回してきた彩葉の言葉をカシスは無視し、運良く生き残った兵の首を剣で突き刺して回っていた。それを彼は何とも言えない顔で見送るしかなかった。

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