第6話
「突入準備」
投石機によりダンゴ将軍がギルム場内に着弾したことを確認した、キルサ軍の大将を務めるアルバレート・ソルは指揮官に伝令を送る。その命を受けて軍は城に向けて本格的な侵攻を開始した。
そんな進軍の兆候を感じ取ったアルバレート・グルグは、今か今かと言った顔で近寄ってきた。
「兄上、いよいよですな」
「あぁ」
「この時を待ちわびていました。ただ、何分初めてのことですから。何か不手際があってはいけませんので……まずは兄上の後方で様子をお伺いしても?」
「それが賢明だろう。極限まで追い詰められた奴隷は時に王をも刺し得る。我らが一定の安全を確保した後に来るといい」
「ご配慮、痛み入ります」
四男のグルグは今日が初陣であり、戦争に適した人材というわけでもない。だが今回は明らかな勝ち戦であることがわかっていたからこそ、ソルに賄賂と戦争に使える奴隷を献上しここまで足を運んでいた。
グルグからすれば今回は少しスリリングなサファリパークに来ているようなものだ。だからこそ彼は明らかな勝ち戦とはいえ、万が一のことがないよう配慮は欠かさない。
(物好きなものだ。金さえよこしてくれるのなら構わないが)
そんなソルとて奴隷の証明となる焼印を押すこと自体は好んでいる。ただグルグのような性癖というわけではなく、奴隷が人の持ちうる中でも最高の資産だと考えてのことだ。
奴隷を資産として考える中で最も懸念されるリスクは、徒党を組んでの反乱だ。警備に信頼している奴隷を置いて寝込みを襲われる間抜けな奴隷主人の話はキルサ内ではよく聞く話である。
王族ならば兵士が警備を担うので問題こそ起きていないが、反乱リスクを抱えた奴隷を資産として扱うには無理がある。それなら初期費用こそかかるが反乱しない不動産の方がよっぽど魅力的な資産だ。
だが、奴隷は奴隷の子を産む。そして生まれた時から奴隷という認識を得ている者は、キルサを出なければ自身の立場に疑問すら抱けない。その者が子を産めば更にその鎖は強固となるので、その循環を進めていけば反乱しない奴隷が増える。
それをつつがなく実現するためにソルはまだ革命の野心を持っている奴隷を、恐怖による支配で縛っている。反抗した奴隷を闘技場で獣に食わせるのはその見せしめに過ぎないので、半ば趣味でやっている王族たちとは認識が違う。
ソルの行う残虐な行為はあくまで手段であり、目的は奴隷の反乱リスクを無くすことだ。そのリスクが減っていき、奴隷の働きにより作物の収穫や建造物が建っていく様を眺めるのが彼の生き甲斐だった。
だからこそ自身の手で新たに奴隷を仕入れるのも好んでいる。奴隷がどのように反抗し、どのように従順になっていくかがわかるからだ。今のところは恐怖による支配が最も効果的ではあるが、その他の方法も最近は試しているところだ。
「突入せよ」
そしてダンゴ将軍が城内で暴れ回り布陣していた弓兵がいなくなったのを見計らったソルは、本格的な兵の突入号令をかけた。もう上から弓を射られることもないので、兵士たちは攻城戦用の長い梯子を複数人で運びながら進軍した。
「……?」
その時、キルサ軍の後方から突如として白い光が放たれた。中央よりやや前に布陣していたソルですら認識できるような光量。それを他の兵たちも困惑したように振り返って見つめている。
「何だ?」
体付きの良い馬に跨っていて他の兵より視界が広いソルは、その光の中心にポツンと浮かぶように存在している人物が良く見えた。同じく馬上にいるその人物はまるでお伽話の騎士さながらに、一振りの剣を掲げていた。
そしてその剣が振り下ろされると同時、その白い光は勢い良くキルサ後軍に迫った。まるで噂に聞く魔法のようなその現象。
だがそんなものはギルムとの戦争で一度として見ることはなかった。戦風のカシスなんて大層な通り名がまかり通っていた女将軍ですら、存在こそしたが魔法のような風を吹かせたことなど一度としてなかった。
そしてむざむざと重要拠点である副都市すら捨てたことからして、ただのハッタリであることは明白だった。その後は人の域を超えた虫人すら戦争奴隷として扱うことができるようになったキルサにとって、この戦争はもはや消化試合のようなものだった。
「このまま進みながら左右に隊列を広げろ!」
だがそれでもあの得体の知れないものを避けない選択肢はなかったので、ソルは兵たちに激を飛ばしながらその白光から逃げるように行進を速めた。幸いその光は彼の下まで届くことはなく、キルサ軍の後方で留まって消えた。
「…………」
その光景を認識することにソルは時間を要した。後方に位置していた軍の予備隊はほとんどが消失していた。死体や装備すら完全に消え失せ、まるで初めからそこに軍隊はなかったのだと錯覚するほど人の痕跡が消えている。
「ああああぁぁぁ!!」
「あぢぃぃぃ!!」
「なんだごれぇぇぇ!!」
だがその光に飲み込まれ消失したように死んだ兵たちは運が良い方だった。その余波を受けるに留まってしまった兵たちは、全身火傷を負わされ軽装の者は見るからに肌が
「な、なにが……」
そして奴隷の焼印を押すのを心待ちにしていたグルグは、ソルと会話し本陣に戻っていた途中だったことが幸いしてか生きてはいた。だが他の兵と同様の火傷を負っていたので、これからまともに治療しても死ぬような重傷だった。
「戦風の、カシス……?」
これほどまでの現象は戦争兵器でもなければ、亜人のような類のものでもない。だとすれば魔法を扱えるというカシス以外に、こんな現象を起こせる者はソルの頭の中に浮かばなかった。
だがこんなことが出来るのなら、副都市の攻防戦で使わないわけがない。何か使えない理由があったのだ。それが何かは不明だが、そう易々と撃てるものではないだろう。
「後方から距離を取り、散開せよ!!」
数百人が火傷で悶えているこの惨状を作り出した、白馬に乗る騎士のような者。遠目からでは男か女かも判断できないそれを前に、ソルは先ほどの二の舞を踏まないよう軍を展開させた。
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