第4話

 ギルムの東から侵攻しているキルサ軍の簡易的な兵站では、既に兵たちが祝勝ムードで食事を取っていた。中には酒まで飲む輩もいたが、キルサの指揮官ですらそれを咎めない。


 何せここまでキルサはギルム相手に大した犠牲も払わず連戦連勝であり、重要拠点である副都市も既に二つ落としていた。そこで数万人の奴隷を確保して戦果を挙げ、兵たちは特別報酬を約束され指揮官は名誉ある昇格が待っている。


 そして最後の砦であるギルムの都市は、そもそも大軍相手に防衛できるような設備が揃っていない。その役目を果たしていた副都市は既に落ちているので、ギルムはもはや足の折れた草食動物のようなものだ。


 残された役目といえばキルサに蹂躙され一片残らず食い尽くされることだけだ。そんな勝ち戦の状況を見計らったキルサの王族は、今まで戦果を挙げてきた次男を筆頭に数人を戦場に送り出していた。



「早く攻め込みたいものだ。奴隷の焼印を押すのが楽しみでしょうがない」



 アルバレート・ソル。彼は次男という立場からキルサの王位継承者ではないものの、その派閥は決して無視できないほどには膨れ上がっている。潤沢な奴隷を国外から引っ張ってくることに長けている彼は、脂肪で埋まり細まっている目でギルムの方角を見ていた。


 キルサは奴隷を利用して成り上がってきた国だ。弱き者を食い物にすることに関して右に出る国はない。そしてソルはその中でも奴隷にどんな苛烈な扱いをしようが眉一つ動かさない、人としての心が欠如しているような人物だ。


 闘技場で何の武器も持たない女を無理やり出させて獰猛な狼たちに食い殺させるのを、ただの娯楽として消費できる精神性。ただそれはこと国同士の戦争においてはむしろプラスに働く面もある。


 敵兵を容赦なく殺すことは勿論だが、平和に暮らしていた一般市民の身体に奴隷の焼印をつけて強制的に持ち帰ることはソルにとっては生き甲斐のようなものだった。


 そんなソルの下についている部下たちも、戦争での略奪行為を好んでいる者がほとんどだ。奴隷を失うむやみやたらな殺人以外なら何をしてもいいと命令されている彼らは、今まで落としてきた副都市でも傍若無人の限りを尽くしてきた。



「兄上、私にもやらせてくれるんですよね?」



 そうソルに尋ねたのは四男のアルバレート・グルグだ。今まで戦場に出たことはないものの、今回は勝ち馬に乗りたいと自ら出陣を志願してきた者だ。その他にも奴隷の現地調達に興味のある王族に近しい者が数名付いてきている。



「ギルムの本国だ。どうせ腐るほどいる。好きにしろ」

「やったぁ」

「その代わり、後ろの奴隷は使わせてもらうぞ」

「いいですよぉ。門を破壊するのに丁度いいでしょう?」



 にたにたと笑うグルグの後ろには、人の域を超えた数メートルある大きさの虫人と呼ばれる奴隷が控えていた。キルサ屈指の戦闘奴隷でありながら、どんな命令にも従うことで定評のある虫人。


 その理由はキルサが虫人の女王を手中に収めているからだ。その女王を人質に取られてしまっては、虫人たちは何の抵抗もできない。そんな戦闘奴隷の中で指揮官を任されているダンゴムシのような装甲を持つ巨大な虫人は、人からすれば醜い顔を隠す兜の下で歯ぎしりしていた。



「出陣するぞぉぉぉ!!」

「おおぉぉぉぉ!!」



 そして道中での休憩を終えたキルサ軍はこれから起こるであろう強奪と凌辱に目を血走らせ、ギルムに向けて出撃を開始した。



 ――▽▽――



(あれ、虫人奴隷いるじゃん。次の戦から投入されるはずなんだけど、いるなら捕縛しときたいな)



 ギルム軍の斥候が一定距離近づいてくれたおかげで、キルサ軍の概要が聖典に映る地図に表示されるようになった。それを確認していた彩葉は普段ゲームでもするような調子でそうぼやきつつ、聖剣の魔力を充電するための自然溢れる聖地で寝転がっていた。


 縛りゲーのせいで技術力も軍事力も産業力もないギルムがこれから逆転していくには、何処かで奇策を成功させるしかない。その第一候補はキルサ国に囚われている虫人の女王を奪還することだ。


 虫人奴隷は白兵戦の多い序盤には結構な強さを発揮するが、科学技術や魔法が発展していく終盤にはしぼんでいく軍事ユニットである。虫人特有の弊害もあるためそこまで積極的に取りたいユニットではないが、こと縛りゲーにおいては必須ともいえる。


 何せ既に技術力やら何までキルサから強奪されているため、正面衝突すればギルムに勝ち目はない。それも序盤強いユニットがキルサにいれば尚更なので、少なくとも虫人をどうにかしなければ聖剣と唯一魔法が扱えるカシス将軍の力があっても打ち勝てない。


 そのためにはまず一定の虫人を捕虜として迎えなければならない。それをキルサに攻め入るまではひた隠し、女王を取り戻してから反乱を起こさせれば軍事力は逆転できる。


 ただその奇策を通すにしてもまずはこの初戦で虫人のダンゴ将軍を下し、情報が漏れないよう相手の軍を全滅させなければならない。



(アイゾリュートぶっ放すにしても、位置取りは考えないとな。挟撃する感じでいくか)



 ギルム国の特徴ともいえる聖剣の初期スキルは、味方の士気を上げるアイソレートと、剣戟魔法での範囲攻撃であるアイゾリュートの二つだ。その他のスキルは後の世界遺産になる自然物――聖地を確保していくごとに解放されていく仕組みである。


 そしてそのスキルを使うためには聖地にある剣台に一定時間差しておかねばならないが、幸いにも縛りゲーで一切動いていないおかげで魔力はほぼ満タンである。キルサ軍を殲滅するには十分な力は蓄えられている。



(ギルム2000対キルサ10000。あっちの方が士気は高いし、あんまり勿体ぶって防壁を突破されたら元も子もない。入り方が難しいな……)



 いくら防衛側とはいえ相手は五倍の戦力、それも連戦連勝で勢いもあるとなればギルムは想定以上に脆いだろう。キルサが防壁に食い込みすぎれば致命傷となり、逆に浅ければ全滅させることが出来ずに情報が洩れて女王の奪還が難しくなる。


 彩葉はその塩梅を『ガーランド』での知識と経験を持って探りつつ、アイゾリュートの攻撃予測範囲を聖典で確認して撃つ場所を図っていた。

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