第3話

(若干仕様が違うな……。操作関連は魔力消費しないと受け付けないのか)



 王の間を出てから彩葉は聖剣の異なる仕様を検証し、実際に何が出来るのかを試した。結果としてはネームドキャラの行動制限や、施設内のファストトラベルなどは聖剣に蓄積している魔力を消費することで可能であることがわかった。


 縛りゲーのためにプレイヤー設定で制限していた宰相コルコと将軍カシスの能力も、今となってはする必要もないので全て解除した。なのでこれからコルコは内政を整える手筈を取れるようになり、カシスも好きに戦えるようになる。


 それから彩葉は俗に言うファストトラベル――特定の領域内でのみ可能なワープを駆使して王城を回った。それは単純に仕様の確認のために行っているものだったが、彼がワープしている様は施設内の兵士や給仕の者からすれば異様であり、暗に聖剣の力を示すものとなっていた。



(どの施設も大分終わってるな。王城ですらこれなら、市民は一体どうなってるやら)



 既に亡命やら何やらで貴重品の持ち出しまで起こっているのか、様々な資料が保存されている図書館は歯抜けのような有様だ。それに王城の各所に飾られている絵画も撤去され、庭の管理もする暇がないのか生え放題な雑草が目に付く。


『ガーランド』でも財政がひっ迫するにつれて王城内が貧相になっていく描写はあったが、ここまで生々しくはなかった。それを面白そうに眺めながら彩葉は聖剣を前に掲げて転移する。



「イロハ様、それは……一体どのような?」

「新たに発現した聖剣の能力みたいなものだ。それはともかく、今の兵の隊長は貴方で間違いないか?」



 そんな王城から少し離れたギルム兵の訓練場に転移した彩葉は、度々現れては消えることでその能力を証明されて目をぱちくりさせているスキンヘッドの男を見上げた。


 聖剣で起動できるウィンドウに彼は名前すらなく、隊長とだけ表記されている。彼はカシスが聖剣による設定で能力と行動を制限されている間、兵の指揮を臨時的に持っていたという人物である。



「斥候によるとキルサ午後を過ぎる頃にはここまで侵入してくると聞いているが、隊長殿はどこで防衛するつもりでいる?」

「……噂には聞いておりましたが、これはもしかして聖典ですか?」

(……そんな名称だったっけ、これ)



 ウィンドウで地図を表記しスワイプして隊長の前に見せると、彼は感激したような声でそう尋ねた。それに彩葉がよくわからないまま頷くと、彼は日焼けで乾燥しているような指でギルムの周辺が記された地図を指差す。



「ここでの防衛は今まで一度も行われたことがありませんし、そもそも地形的に向いているわけでもありません。キルサは連戦連勝で士気も高く、兵も奴隷が多いとはいえ装備はこちらとそこまで変わりません。数の多さですぐに防壁も突破されてしまうでしょう」



 隊長もカシスやその他将軍が王の逆鱗に触れて処分を受けたことは察しているのか、恐る恐るといった具合で話した。ただもう既にギルム滅亡の危機であることからして怖いものもないのか、正直に現状を報告した。



「なので市民の住居区間を犠牲にして、混乱に乗じた市街戦に持ち込むしかないかと」

「なるほど。犠牲こそ出るが非常に現実的な作戦だ。今の状態ではそれしか手もないだろう」

「それを念頭に兵も準備を進めています」

「現実的な案はわかった。だが、もし理想を語るならどうだろう?」

「……勿論、市街に侵攻されないことが理想ですが、ギルムにもうそこまでの防衛能力はありません。侵攻が予測されていた数ある副都市で止められる設計でしたから」

「そうだな。今の戦力で防衛は不可能だろう」



 そう言葉を続けた彩葉は露骨に聖剣を見せつけた。



「だがこの聖剣と、カシス将軍の力が発揮できれば防衛も可能だと私は考えている」

「……確かに、その聖剣を直に見れば兵の士気もさぞ上がるでしょう。ただ、カシスは既に数々の失態を被っています。彼女の命令を聞くような兵士はもう死に絶えました」

「その失態の責任が私にあることについて、兵は知らないのか?」

「正直なところ、私も知りかねます。聖剣の誓約なるものは聞き及んでおりますが、果たしてそれで兵を死なせる作戦を何度も強行できるものなのでしょうか? 確かに、まるで意思がないかのように見える時もありはしましたが……」

「出来るだろうな。確かに一部の者しか誓約は課せられないが、それぐらいの強制力を持ち合わせている」



 ネームドキャラの行動制限は絶対なので、いかに愚かな作戦でもカシスは強行せざるを得なかった。その数年の結果として彼女の率いていた兵士は大半が死に、今では無能の指揮官としてのレッテルを貼られることとなった。



「カシスの行動に関しては誓約を課した私の責任であることに間違いない。しかしだからといって今すぐにそれを払拭もできない。……そして隊長も私の策に兵を預ける気はなさそうだな」

「……失礼ながら」

「それだけ私が失策続きだったというだけのことだ。今まで臨時ながら隊長を務め、ギルムを守ってきた貴方を責めるつもりはない。ただこのままではキルサによって市民が危険に晒されてしまうことは確かだ。そんな悲惨な未来を私は変えたい。その意思については同意してくれるか」

「……勿論、私も変えられるのなら変えたいです。ですが戦力差を埋めるには、犠牲を払うしか、ありません」



 隊長は訓練場の東を見つめる。その視線の先は数時間後に火の手が上がるであろう市街地だ。当然そこには兵士たちの守るべき市民、それに自分たちの妻や子供もいることだろう。


 隊長にも勿論愛する妻とまだ幼い子供が二人いる。こんな状況でも逃げ出さない兵士たちの理由は大抵が家族を守る選択肢がこれしかないからだ。だがそんな家族を危機に陥る選択をしなければギルムそのものが滅亡する。



「兵の指揮については引き続き隊長に任せたい。でなければ兵たちも納得しないだろう。だから、まずは私がこの聖剣でその未来を変える可能性を皆に見せる。それで隊長も判断してくれ。市民の犠牲を払わず防衛できるのか、できないのかを」

「……了解しました」



 うっすらと見えた希望。だがそれはとうの昔に途絶えた希望でもあるため、隊長はそれに縋りたくても縋れなかった。

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