Side:Minato 9

「あちー……」

8月13日、木曜日。俺はおつかいで新宿まで来ていた。今日からお盆休みで親戚全員が俺の実家に集まるからそのためのものだ。一族(って呼ぶほど人数いないけど)の中で東京にいるのは俺だけなので、東京限定のアレ買ってきてみたいなのを毎年頼まれる。一度くらい自分で来いよなー……。

(代わりに各地の地酒とかお菓子とかもらえたりするし、損はしてないからいいんだけど……)

予定より早く買い物を終えて、新幹線の時間までどこかで時間潰そうかなと思ったところで見覚えのある人影を見つけた。いつもの黒縁眼鏡がなくて、かっちりした長袖の白シャツを着て、なんかちょっとまともな髪型してるけど、あれは。

「円ー!」

「…………!」

1人っぽかったので駆け寄って声をかける。近づくと、なんだか妙な匂いがした。香水かな?

「円だよな、どうしたんだよその格好っていうか全体。イメチェン?」

「ええと……」

「てか仁の家で一瞬見たとき見間違いか!?って思ったけど、やっぱ眼鏡取るとすげーイケメンじゃんお前、もうこれからずっとコンタクトでいろよ……」

「……円博士のお知り合いですか?」

「えっ?」

目の前の男はそう言って柔らかく笑った。――違う、こいつ、円じゃない。

「……ぼくは学士まなとと言います。博士の双子の弟です」

「ふ、……双子の弟~!?」


***


「へー、円に会いに来たんだ」

近くのトトールに入って円の弟……ややこしいなどっちも円か……学士と一緒にアイスティーを頼んで涼みがてらだべる。実家に居た時の話とかちょっと聞けたらいいなと俺は内心わくわくしていた。というか弟がいるとか初耳なんだけど?

「はい。どうせならサプライズにしようと思って、まだ連絡はしてないんですけど。でも1つ困ったことがあって」

「困ったこと?」

「サプライズだから思ったように会えなくてすれ違ってしまって……。家に行ってもいなかったんですよね。新宿でバイトしてるってところまでは教えてもらったのでお店まで行こうかと思ったんですけど、ビアガーデンだからこの時間じゃまだ開いてなくて」

「あー……まだお昼だしなー」

てかビアガーデンでバイトしてるのも初耳。ほんと全然自分の情報出さないよなあいつ。

「湊さん、でしたよね。もしよければなんですけど、博士を呼び出してもらえませんか?大学の先輩からの呼び出しに応じて来てみたらそこには双子の弟が!……って、結構なサプライズになると思うんです」

「確かに!いいね、あいつの驚く顔俺も見てみたいし。あいつ結構地味というか、スンッとしてるっていうか、感情が表に出ないタイプ?って感じだからさ~」

「じゃあよろしくお願いします。あ、ぼくがいることは内緒で」

「いいよー。じゃちょっと通話するから」

円にLANEで通話をかける。少し間があって「……はい」と短い声がした。学士にも聞こえるようにスピーカーモードにする。

「円ー、今日今から予定ある?」

『……なんですか』

「新宿来てほしいんだよね」

『……何かあるんですか?……今おれ、仁さんと一緒にいるんですけど』

「えっ、仁と?あ、あー……それは……どうしようかな……」

もしかしてデート中だったのだろうか。じゃあもういっそ仁も一緒に呼ぶ?いやでも円が双子の弟とはいえゲイCOしてるかわかんないし、というか普通にデートの邪魔は……あれ?そもそもあいつら付き合ってないよな?

俺が返事に迷っていると、学士が自分のスマホを無言で俺に向けてきた。文字が打ってある。

――じんさんってどなたですか?

「……えーと、……俺の友達!円とも仲いいの」

小声で囁くように返す。と、続けてもう一文。

――男ですか?

これには頷いて返す。学士がにこりと笑った。そして。


「――かみさまはいつでもあなたをみています」


……と、はっきり言った。

「……えっ?」

今、なんて……?神様……?

『先輩、今どこに居ますか』

「え、ええと、アルト前のトトール……」

『おれも新宿にいるんですぐ行きます。絶対に店から出ないでください、いいですね!?』

「え、ま、円……?」

明らかに円の態度が変わった。そして通話が切れる。何が起きたのかわからず、目の前の学士を見る。彼はずっと柔らかい笑顔を浮かべていた。

「あの、……さっきの言葉、どういう意味……?」

「博士を呼び出すおまじないみたいなものです。……本当はサプライズにしたかったんですけど、会えなかったら意味がないので」

「…………」

「博士から、ぼくの存在は聞いたことありますか?」

「な、……ないけど」

「実家の話を聞いたことは?」

「ない……。西のほう出身ってくらいしか……」

「確かに西ですけど。博士……少し雑じゃないかなあ……」

「…………」

「その調子だと本当に何も聞いてないんですね」

「…………あの」

「いいですよ、協力してくださったお礼にぼくらのことを少しお教えします」


アイスティーがきれいな唇に吸われてゆっくり減る。完璧な笑顔が、俺を正面から捉える。


「ぼくらはX県の南端にある、海沿いの街で生まれました」

「…………」

「なんでもはないですけど、すごくきれいな街なんです。こんな東京みたいにごみごみしていなくて、すべての人が家族のように親しくて、学士ぼく博士かれも、街中の人から愛されていて……」


つらつらと美しい言葉が並ぶ。理想郷のような故郷。2人がいかに清廉潔白に育てられてきたか。都会人に対する僅かな侮蔑を滲ませながら、そいつは滔々と語る。


「――つまり」


視界の端で自動ドアが開く。見慣れたボサボサ黒髪に黒縁眼鏡の男と、茶髪の男が入ってくる。


「ぼくらは日、出づるところの神様の末裔――」


やたらとなめらかな声が、小説の中でしか聞かないような単語を羅列していく。



「先輩、そいつから離れて……!」



「――日出羅木ひいらぎさまの、神の子です」

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