第3章 Summer Triangle
Side:Jin 16
「──敬介?どうしたんだよ、忘れ物……?」
「仁、……お前と話がしたい。2人で」
「…………」
8月9日夕方。4人で遊んで解散したあと、敬介だけが俺の家に戻ってきた。
「……とりあえず、上がれよ」
わざわざ単独で来たということは、……なんだろう。お説教かな。まあ、博士は口を割らなかったけど態度で透けて見えただろうし……。
中途半端に片づけ途中のリビングじゃなく、俺の部屋に案内する。2人分の飲み物を用意して、ローテーブルを挟んで向かい合った。
「……仁、何かあったんじゃないのか。この数ヶ月の間に」
「何かってなんだよ?そりゃ何もないわけなかっただろ、内定もらったし、鞄なくすとかあったし……」
「そうじゃない。もっと前だ。お前の誕生日、……よりも前。5月頃からお前は何かを隠していた」
「…………」
……気づいてたのかよ。
「仁」
「……」
「幼なじみだからって言えないことがあるのはわかってる。だけど俺はお前の一番の……親友なんだ。お前が困っているなら力になりたい。お前が悩んでいるなら助けになりたい。……そう思ってる」
「…………」
「……円のことか?湊の後輩だから俺から口を出すのは避けていたが、お前が望まないなら俺から……」
「博士は関係ねぇよ。……いや、関係なくはないけど、…………原因はあいつじゃねぇ」
「じゃあ何だ」
「…………」
敬介の目が厳しい。怒っているときの目だ。これは適当に誤魔化したらまたややこしいことになりかねない。……言うしかねえのか?お前のことが好きだったんだって。
「……何を言われても俺は大丈夫だ。言ってくれ、……頼む」
「……敬介」
「……馬鹿だと思うかもしれないが、なんだか悔しいんだ。ぽっと現れた男が、俺よりも仁のことを知っているかもしれないと思うと。こんなに胸がざわつくのは初めてかもしれないと思うくらいに……」
「……な、んだよ、それ……」
……そんな、独占欲みたいな。告白まがいな。こと。今更、…………。
「……すまない。ただの友達の距離を越えているのはわかっているが……」
「別にいいよ。俺も……」
「…………」
「…………何を言っても引かない?俺の親友でいてくれるのか?」
「もちろんだ」
「……じゃあ、言うよ。俺は……」
***
……長い話をした。
恋心を自覚した小学校の頃の話。
周囲から××だって噂されてこの気持ちは隠さないといけないと思った中学校の頃の話。
彼女を作っても割り切れなくて、だけど告白する勇気もなくて、じゃあもうずっと親友でいい、俺が敬介にとって一番親しい「男」であればいいと思った高校の頃の話。
湊が現れて、敬介も湊に惚れて、したくもなかった協力をしているうちにだんだん自分の心すらわからなくなっていった、ここ数年の話。
「…………好きだった。だから、敬介のために、敬介が喜んでくれることをしたかった」
「…………」
「知ってるだろ、お前なら。俺の性格。……いっつも誰かのためになることしかしてなくて」
「……仁」
「それで、一番好きな人まで譲って。……馬鹿なんだよ、俺は……」
「…………気づけなくてすまない」
「隠してたのは俺なんだから、いいよ。謝るなよ」
「この際だからもう言ってしまうが。……俺の初恋は仁だったんだ」
──はい?
びっくりして顔を上げると、敬介が苦笑していた。
「まだ俺がお前と出会ったばかりの頃かな。学校で仲間外れにされていた俺に、お前は何度も声をかけてくれただろ」
「……うん」
「それが嬉しかった。後から先生が『クラスで孤立している子にも積極的に話しかけてくれるいい子』って言ってたのを聞いても……。どんな理由があっても、俺を見つけてくれたことが嬉しかった」
「…………」
「でもお前には友達がたくさんいて。男が男に恋するなんてやっぱりちょっと変じゃないかって迷いもあって。……だから忘れることにしたんだ。仁が俺のことを一番の親友だって言ってくれたから……それだけでよかった」
「それ、いつの話」
「小学校2年生くらいかな。……本当に淡い初恋だったんだ。お前ほど長く思い続けてたわけじゃないよ」
「……あー……マジかよ……」
……俺が敬介への恋心をはっきり自覚したのは10歳の頃だ。2年もずれてる。
「…………何、俺たち時間ズレながら両片思いしてたっての……?絶対脈ねぇって思ってたのに……」
「まあ、俺も中学にあがる頃には本ばかり読んでいて恋愛とかそういうのはすっかり忘れていたし……」
「……はー、初恋は実らないってジンクス、マジなんだなー」
「そうだな。……実らせるには幼すぎたんだ、きっと」
「…………」
「……ふふ」
「なんだよ」
「いや……もしかしたら俺と仁が恋人同士になっていた可能性もあったのかなと思って。それはなんだか不思議な感じがするな」
「俺も一周回ってちょっと想像つかねーや、お前湊にべったべたに甘いじゃん。俺あれはちょっと無理だわ」
「あれ、とは」
「りんご飴食ってるツーショットのやつ。湊に写真見せてもらったときに一瞬見えた」
敬介が固まった。まさか見られてるとは思ってなかったらしい。まあ湊も気づいて一瞬で星の写真に戻してたし俺の目がよすぎただけなんだけど。
「……あー……あれは場の空気に呑まれたというかその……、……本当は、キスしたかったんだが、さすがに人が通る可能性のある屋外でそれはと思って、代わりに飴を……」
「うーんラブラブですなー」
「……というかいいのかその、こんな話をして。割り切れてるのか?湊と俺のこと……」
「うーん……」
ちょっと考える。まあ失恋は悔しい。けど、不思議と心は落ち着いていた。
「なんか話したらスッキリしたっていうか……、たぶん、俺の未練がずっと残ってたのって敬介に隠しごとしてるっていう負い目もあったんだと思う。隠さないと、ばれないようにしないとって、そればかり考えて……発散させる機会がなかったっていうか」
「…………ずっと黙ってるのも大変だっただろう」
「ほんとだよ!もー何度言うべきか言わざるべきかみたいな問答繰り返したかわかんねえ」
「……」
「あーでも、うん、なんか気ぃ抜けた。成仏したみたいな感じ」
「死ぬんじゃない」
頭を軽く叩かれる。それにあわせて肩を竦める。
うん、俺はこの距離感を一番大事にしたかったんだ。
「……湊にも話しちまおうかな、もう」
「電話するか?俺は止めないが」
「いや、あいつ中途半端なところまで聞いて誤解して逃げそうだから今度直接言う。てかお前らの仲がもっと安定したら言うわ」
「安定って……」
「マンネリカップル化してくるぐらい。それくらいに爆弾投下したほうが盛り上がるだろ?」
「な、……させないぞマンネリになんか!」
「へー。敬介にどこまでできるかなー」
「う。いや、まあ、夜の知識は結構湊に頼りっぱなしだったが……」
「マジ?あいつそういう知識ちゃんとあんの?」
「……こ、これ以上は湊のプライバシーに関わるからノーコメントだ」
「何を仕込まれたんだ敬介~?俺は真面目一辺倒の敬介がエッチなお兄さんになったら悲しいぞ~?」
「ノーコメントだ!というか仁はどうなんだ、その、円と……結局、……そういう仲なのか、あいつとは」
しまった。撃ちすぎたから撃ち返された。まあもう今更か……。おとなしく白状する。
「……そういう仲になっちまった。まあ失恋とか、変な奴らにつけこまれそうになったのとかを慰めてもらったって意味合いのほうがでかいけど」
「そうか……」
「でも、それじゃダメだなって思うんだよやっぱ。付き合うにしろ振るにしろ、敬介の代わりじゃなくて、あいつを……博士自身をちゃんと見ないと」
「そうだな。それは大事だ」
「……もうちょっとさ、整理ついたら今度は俺から誘ってみる。てかさ、あいつ絶対あの眼鏡似合ってねえんだよ。部屋に椅子もなければ服も靴箱に入れてるとかわけわかんねぇ生活してるからたぶん美的センスが壊滅してんだわ。だから眼鏡買いに行こうかと思ってんだよな。俺の隣に立ちたいならまず外見から磨け!みたいな」
敬介が数秒黙った。え、何?何か俺変なこと言った?
「なるほど、眼鏡……」
「え?何?」
「いいや、何でもない。それより仁、お前はもう少し自分の顔立ちのよさを自覚したほうがいいと思うぞ」
「え?してるけど?」
「……お前に『外見を磨け』って言われたら普通の奴は凹むと思うぞ……?」
「マジ?まあでも大丈夫だろあいつなら。あいつ眼鏡取って髪型整えりゃ韓国アイドルみてーな顔してるし。ほんとなんであんなオタクくん1号みたいな擬態してんだか……」
「…………」
「何?」
「いや、……俺が思っていた以上に仁は彼のことを気に入っているんだなと思ってな」
敬介が微笑む。不思議と、それにドキっとはしなかった。ただそれが当たり前で、当たり前だから俺も普通に笑い返した。
ああ、吹っ切れたんだなって心の底から実感した。
やっと俺の初恋は終わったんだな──って。
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